甘藷黒斑病・中毒動物
罹病甘藷による家畜の自然中毒の本邦における記録は、大正2年に記載された愛知県下に発見されたものを嚆矢とし、大正9年ならびに昭和9年埼玉県、兵庫県、大分県ならびに千葉県の乳牛に発生した報告がありますが、当時は未だ甘藷黒斑病なるものの記載がなく、僅かにこれの原因を研究した際、細菌や芽胞菌ではなく一種の糸状菌で就中アオカビ菌Penicillium、麹菌Aspergillusが遊離毒素を産出し中毒するものであろうといったが、前述の報告のようにPenicillium菌による腐敗甘藷中にも苦味物質の生成があることは興味深い。
また実験中毒では、マウスおよび牛に対して中毒作用を認めました。その後昭和11~12年には千葉県、鹿児島両県下に大発生を見、牛馬および家兎の中毒が頻発しました。
千葉県においては黒斑病によるものと証明され、且つこれの毒性に就いて実験しマウスには有毒ですがラット、モルモット、家兎、山羊、牛等には中毒症状を認めないが常に無害とは断定し得ないのと栄養価値が著しく低下するから、家畜に対してはなるべく給与しない方が安全であるとしました。
昭和14年に至り甘藷黒斑病は各地に発生し、家畜中毒のみならず食料としてあるいは澱粉、酒精製造原料として重視され各方面の注目を浴び、家畜中毒に就いては当時陸軍獣医学校において詳細な実験が行われました。
而して牛には殆ど致死的な中毒を起し、その変状も亦他の毒物では見られない特異な症状が明かにされました。
他方黒斑病甘藷より抽出された苦味質の毒性試験に就いては、昭和14年の実験で家兎、ラットなどの実験動物に対しては明らかに致死的作用を有することが判明していましたが毒成分本態の追究に暇なく、未発表に終わりました。
次で、昭和17年には黒褐色硬腐敗甘藷から得たエーテル抽出の油状苦味質が家畜に対し甚だしく有毒なことを報告し、又18年には苦味質イポメアマロンをマウスと家兎に就いて試験した結果、皮下注射も経口投与も相当毒性が強く、牛の自然中毒の症状と殆ど一致することが報告されています。
また昭和19年腐敗甘藷で製造した焼酎粕による牛の中毒に就て報告し、この粕からはエーテル抽出によって報告されたものと同じ性質の有毒物質が得られ、それは耐熱不揮発生であるから焼酎粕に残存し、牛に中毒を起すといっています。
ただし、これは苦味質かどうかに就いては言及していません。
昭和23年の報告では、マウスを用い苦味性腐敗甘藷のエーテル抽出物と黒斑病甘藷の苦味質セスキテルペンとを注射し毒作用を検しました。
以上のように従来は牛に対し特に感受性が強く、自然中毒では殆どこれに限定されていました。然し昭和21年後、甘藷の主産地である茨城県下の自然発生を見ると、更に山羊、緬羊にもその中毒が認められ、山羊については牛に劣らぬ激烈な症状を現わすものであり、また豚にも被害があるように思われます。
牛における斃死率は、その罹病率が不明のため明瞭には分かりませんが、茨城県の昭和21年度飼養牛54,271頭中家畜保健加入頭数37,931頭の斃死頭数は195頭で、これの疾病別は表の通りですが、このうち消化器病および呼吸器病例において甘藷中毒によるものと推定されたものに52頭が含まれています。
消化器病:137頭
呼吸器:15
此のうち甘藷中毒によると推定されるもの52頭あり。
神経病:15
外傷:10
伝染病:2
生殖器病:4
体質病:1
循環器病:1
其の他:10
計:195頭
したがって加入頭数中の損耗率は約0.53%に当り、このうち甘藷中毒と推定さるべき52頭は全損耗数195頭の約27%以上を占めています。
即ち甘藷生産地帯における牛の損耗率の約1/3近くは甘藷中毒によるものと推定され、今後甘藷は食料よりも寧ろ飼料として利用されること、ならびに一度発生した黒斑病の根絶は到底不可能なことを考えるならば、かなり重要な問題となります。
本病の発生は罹病甘藷の給与にあるので、10月頃より翌年4~6月にかけて散発しますが、特に注意すべきは甘藷の加工が行われる1~2月頃は剥皮の給与が多く、丸甘藷の数倍乃至十数倍の罹病部位が与えられ、あるいは早春苗床を作る際罹病甘藷を選別して悪いものが与えられ、また6月頃挿苗後の床藷の腐敗したものが摂食されるときなどで、この場合は極めて重篤な病状を呈し、死に転帰することがおおい。
元来中毒の程度は一面には毒成分たる苦味質の量に比例すべきものであり、罹病甘藷の量によるものでないことは明らかですが、他面には家畜の感受性や個体の状況によっても大いに差があるので、一概には決め難い。
然し罹病甘藷を食べた自然中毒例の多くを見ると、必ずしも大量の給与ではなく僅か200~300匁位の程度で致死的な経過をとる場合が少なくないのと、この甘藷は決して甚だしく罹患しているとは限らず、苦味質も著しいものでないことがあります。
したがって家畜中毒に対しては甘藷自体の苦味質量の問題だけでなく、消化管に摂取された後の変化をも考慮する必要があるように思われます。
尚牛は元来甘藷を好食しますが、相当腐敗して吾々の眼や鼻では到底食べられそうにも思われないものでも好んで摂食します。
つまり甘藷の苦味質は牛にとって案外苦にならぬものとみえます。