家畜における砒素中毒の原因
家畜における砒素中毒の原因は甚だ多いのですが、第一には燐のように駆鼠薬としての砒素毒餌によるもので、これには偶然の場合と不注意によるもの竝に悪意による場合があります。
農薬によるものは撒布前あるいは撒布後の薬剤そのものを飲用し、または撒布後の作物付近に家畜を繋留して家畜が食したために起こります。
また砒酸カルシウムを含有する殺虫剤を噴霧し11日後に6ヶ月の仔牛が中毒死した例や、砒素入りの腐蹄病塗布薬の鑵が牧草に入り込み、4頭の牛が急性中毒死した例があります。
馬、牛は往々にして以上のような機会に遭遇します。鶏は毛皮に附した防虫用砒素剤を打ち落したものにより、豚は砒素浴の水を飲み、緬羊は砒素浴により、殊に剔毛後間もない時に屢々中毒を起して斃死します。
近年埼玉県において、山梨県増富地方の堆積土壌が乳量を増すというので6頭の乳牛に一握りずつ与え、全部中毒斃死した例があります。
分析の結果この土壌中に0.65%に達する硫化砒素が含まれていました。
慢性中毒と最も関係の深いのは製鉱所付近の家畜で、所謂製鉱所病と称せられる慢性砒素中毒です。製鉱所においては砒素の多量と硫黄、鉛および錫の少量を含有する塵埃を飛散する場合付近の家畜はこれを飼料と共に摂取することによります。
比較的多いものは母畜の内用した亜砒酸が乳汁に分泌され、仔獣が中毒を起すことで、生後14日の幼駒が亜砒酸の含有する母乳を飲み12時間後に中毒し、1時間半の経過を以て斃れ、母畜は幼駒の死後1、2時間を経て始めて中毒症状を呈した例があり、また、山羊に2日間に3gの亜砒酸を与え、その乳汁を飲んだ犬が著明な嘔吐を来した例があります。
次に獣医師の投薬に際し用量を誤ったために起きる場合があり、これは内駆虫剤および栄養剤のような内用時と刺戟薬として外用するときに起こります。
過去においては砒素色素としての亜砒酸銅、亜砒酸醋酸銅、砒素含有アニリン色素等で染色した毛氈の断片を牛が食し中毒を惹起した例があります。
その他の砒素化合物に基く家畜中毒は稀です。
亜砒酸の致死量に就いては意見が区々で、馬に就いては30gでも耐えるというものと、3gで死ぬというものがあります。
牛、羊も1回量30gに耐えたといい、あるいは5gで斃れたという報告があります。これらの差異の原因は種々ありますが、その主なものの二、三に就いては次の通りです。
(1)亜砒酸を創面に用いたときは内用の場合よりも10倍強いこと。
(2)亜砒酸自身よりもこの溶液を与えたときは吸収速かで、中毒も激しい。従って粉末の亜砒酸は塊のものより毒性大であり、塊状のものは多くは局所の刺戟作用ですが、粉末あるいはその溶液は全身中毒を招くことは当然です。
(3)市販の亜砒酸は屢々種々のものを混有し、中には硫酸カルシウムのような無毒のものを含みます。したがって毒性の強さは同一でない場合があります。
(4)他の毒物と同じく胃腸の空虚か充実によつて異り、また反芻獣は第一胃の内容が大で、毒物を稀釈するため肉食獣ならびに馬よりも抵抗力が大です。
(5)亜砒酸は常用によつてその抵抗力を増加し、遂に致死量の数倍に耐えるようになります。
従来報告された実験竝に自然中毒よりみて各家畜に対する亜砒酸の致死量は凡そ下記表のものとされます。
砒酸鉛を山羊に1日1~2gずつ与えると、砒素として1.5gで斃死しました。
これは41mg/kgに当り、砒酸鉛では192mg/kgです。
また、ネズミでは日量3.93mg/kgずつ与えると8週間で中毒症状を現わします。鶏は砒酸鉛に強く砒酸鉛を60日間で13gに達したが中毒しませんでした。
亜砒酸の致死量
牛
●内用するとき
15.0~30.0
●創面に用うるとき
2.0
馬
●内用するとき
10.0~15.0
●創面に用うるとき
2.0
緬羊・山羊
●内用するとき
10.0~15.0
●創面に用うるとき
0.2
豚
●内用するとき
0.5~1.0
●創面に用うるとき
0.2
犬
●内用するとき
0.1~0.2
●創面に用うるとき
0.02
鶏
●内用するとき
0.1~0.15
●創面に用うるとき
0.01
鳩
●内用するとき
0.05~0.1
●創面に用うるとき
0.005
人
●内用するとき
0.130
●創面に用うるとき
中毒量:0.060