胸壁の損傷
胸壁に発生する損傷・創傷および挫傷には、その症状および予後についてそれぞれまったく異なったものがあるから、診療上とくに慎重に取り扱う必要があります。
創傷(wound):胸壁の創傷は、不透創および透創に分けて理解する必要がある。
不透創(non-perforated wound):胸腔に穿孔しない創傷で、大動物では転倒、衝突、角突、蹴傷などによってしばしば発生し、小動物ではまた咬創・掻創などの形でもみられる。
特に腋下や肘頭付近および前胸部の刺創では皮下気腫が発生しやすいので注意を要する。治療は一般創傷療法に準じて行う。
透創(perforated wound):
(ⅰ)原因:上記のような外来の機械的感作によって胸壁に穿孔し(肋間穿孔が多い)、あるいはさらに胸腔内臓器の損傷を生じた場合で、生命の危険を伴うことが多い。
(ⅱ)症状:胸壁の大きな透創では、外界の空気が胸腔内に侵入して陽圧となり、肺は退縮して呼吸困難に陥る。この状態がそのまま放置されると8~15分後に低酸素症hypoxiaに陥り、心拍動が停止して死の転帰をとる。
小さい穿刺創では、このような危険を招くことはほとんどない。
また心・肺・大血管が損傷をこうむるときは、多量の出血によって血胸hematothoraxや心膜血腫hematopericardiumを生じる。肺実質の穿刺創では、外傷性気胸traumatic pneumo-thoraxが発生し、気管から血液が口腔または鼻腔を経て喀出されることが多い。
これらはいずれも発熱・呼吸困難を呈し、生命の危険を伴うものです。また透創時の細菌感染によって化膿性胸膜炎suppurative pleurisyや膿胸pyothoraxが発生する。
(ⅲ)治療法:大きな透創に対しては、創面および胸腔内を洗浄消毒するとともに、すみやかに閉胸処置を行う。胸腔内臓器の損傷を生じたものは、生命の危険を救うために、局所処置と同時に陽圧人工呼吸(犬、猫:気管チューブを挿入して陰陽圧式純酸素人工呼吸器を装置)を開始する必要があります。
創面および胸腔の洗浄消毒すなわち化膿防止には、ペニシリン水溶液(1ml中5000単位)を用い、また処置後は5~7日にわたって、全身的に化学療法を実施する。また、術後、気胸の治療および滲出液の排除のため、肺用のドレインを装着して数日間視察する。
挫傷(contusion)
原因:大動物、とくに馬に多発する。厩栓棒などへの激突、衝突・転倒・角突・蹴傷および拍車の強圧や頸環の持続的圧迫によって発生する。また犬、猫では交通事故、蹴傷などが原因となります。
症状:単純な挫傷では、限局性の腫脹と圧痛をみる程度ですが、たまたま皮下や筋肉内の太い血管が損傷を受ける時は、突然大きな血腫hematomaを形成する。この場合の診断は、試験的穿刺により行う。
馬では前胸部の血腫にしばしば遭遇するが、このほか外胸静脈V.thoracica externa(馬・拍車静脈)や腹皮下静脈V.subcutanea abdominis(乳牛・乳静脈milk vein)の損傷によって大きな血腫を生ずることがある。
大きな血腫形成(人頭大またはそれ以上)では、貧血・元気食欲不振・歩様蹌踉・心機能障害などの全身症状を伴うことがあります。また胸壁の挫傷においては、しばしば肋骨骨折や胸腔内臓器の損傷を併発する場合があるから注意を要します。
治療法:軽度の挫傷では、安静にして、局所にヨードチンキを毎日1回、炎症や腫脹が消失するまで塗布する程度でよい。大きな血腫を形成し、全身症状を伴うものは安静にし、止血や対症処置(貧血のはなはだしいものには輸血・輸液)を行う。
貯留した血液は一般に2~3週間目にはほとんど吸収されるものですが、嚢腫cystや線維腫様腫瘤fibromatoid tumorになったものは、局所を切開して包膜とともに全摘出する。
また胸腔内臓器の損傷があれば、人工的に呼吸を確保してそれらに対する処置を行う。
肋骨瘻および胸骨瘻(costal fistula and sternal fistula)
馬および犬・猫に発しやすい。
原因:肋骨瘻は肋骨骨折、とくに複雑骨折に継発する。胸骨瘻は腐骨片の存在、刺創・咬創、蹴創などで、とくに深く胸骨におよぶ染毒創に継発するものが多く、牛では第二胃からの異物の刺入に起因することがある。
胸骨は緻密質が薄く、大部分が海綿質からなり、骨髄腔は長く赤色骨髄で満たされ、かつ血液の循環量が多いため、損傷を受けると治癒し難い。
症状:いずれも慢性経過をとり、自然治癒はのぞみ難い。骨損傷部は一般に壊疽に陥り、該部より皮膚に向かって瘢痕性瘻孔を形成し、その開孔部から膿汁を排泄する。
瘻孔を深子で深く探索すると腐骨片に触れる場合がある。胸骨瘻の経過が長い時には体重と生産能力が減退する。
治療法:姑息的な創面消毒薬の洗浄や化学療法は奏功しない。思い切って創口を開大し、瘻孔および腐骨、壊死組織を全摘出して新鮮創の治療を行う。
胸骨瘻の治療の際、腐骨片の発見は難しいことが多い。また骨片を除去すると、壊死が却って進行して治癒が妨げられ、治療に困難をきたすことがある。
瘻管底が確かめられたならば、先端が鈍性のメス(切腱刀)を使って創口を十分にひろげ、腐骨片を探して摘出し、あとは胸膜を傷つけないようよく注意しながら十分に掻爬する。
タンポンを詰めて止血を図り、広域抗生物質を散布する。排液口を残して仮に縫合し、初めは3~5日おき、後には1週間に1回、タンポンを交換する。
経過が順調ならば、肉芽形成によって2~3ヶ月で治癒する。

