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オーストラリア・メリノー Australian Merino

オーストラリア・メリノー Australian Merino ヒツジ(めん羊)

オーストラリア・メリノー  Australian Merino
 
 
これもスペイン・メリノーに端を発している毛用種。元来オーストラリアにはヒツジは存在せず、1778年に南アフリカから肉用の在来種(Cape Sheep)が導入されたのが最初です。
 
 
これは約4kgの脂肪尾をもった脂尾羊で、その脂肪を南アフリカ、ケープ植民地の農民は、バターの代用にしていました。毛色は種々で、長い縮毛をもっていました。
 
 
その後、インドなどからも若干入りましたが、すべて航海中および新しい植民地での食用として持参されたものでした。
 
 
毛用種メリノーが入ったのは、1797年南アフリカからスペイン・メリノーが導入されたのが初めてです。これは、当時の提督、マッカーサー(Cap.JOHN McARTHUR)が、オーストラリアの風土がヒツジに好適と判断し、輸入したものです。
 
 
また、イギリスからも種畜を入れ、彼は自らも飼育にたずさわり、現在のオーストラリア・メリノーの基礎を作りました。
 
 
その初期のメリノーは、主として皮膚に皺のない細番手のもので、剪毛量の少ないものでしたが、フランスのラムブーイエ牧場から輸入し、体格を大型にしました。ただし、羊毛は少し太くなった。
 
 
そのころオーストラリアのタスマニアでは、サキッニイ・めん羊によって、大型で細番手で、しかも剪毛量の多いメリノーの作成に成功していました。
 
 
さらに、その後アメリカのバーモント州からアメリカ・メリノーが輸入されました。それは剪毛量の増大には役立ちました。しかも体格が小さくなり、皮膚の皺が多くなり、毛脂が多く、洗上歩留の低いものとなりました。
 
 
他方、南オーストラリアでは、大形で、皺の少ない、番手の太いものが好まれ、また同じオーストラリアでも、ビクトリアとタスマニアでは、剪毛量より羊毛の細いということに改良の重点がおかれました。
 
 
オーストラリアへのメリノーの輸入は、1900~1905年のアメリカ・メリノーの輸入以後、絶えました。
 
 
その後は、アメリカ・メリノーの悪影響を徐々に取り除き、体格を小さくせずに産毛量を増し、しかも皺の少ないメリノーへと改良を進めて、今日に至りました。
 
 
もっとも、この間オーストラリアの地方により、また系統により、各種の特色をもった型のものができました。番手だけについても、太番手、細番手の区別があります。
 
 

オーストラリア・メリノーの外観

 
 
毛色は白、雄は有角、雌は無角ですが、近年雄も、無角のものができています。体格は、ラムブーイエ・メリノーより少し小さく、成体重は雌45kg、雄64~75kg。
 
 
一般に小格なものには皮膚に皺が多く、大型なものにはこれが少ない。後者では頸に1~2本あるだけです。中型のものは皺も、両者の中間程度です。
 
 

能力

 
 
太番手のものは大型で、毛長も長く、約13cm、毛量は約4.5kgです。暑熱地帯などで草と水を求めて放牧地を歩き廻る能力にとむ。
 
 
中番手のものは、体格は比較的大きく、強健です。毛長12cm、毛量3.6~4.0kg、地味肥沃な平原地帯に適します。
 
 
細番手のものは、小格であり産毛量は少ないが、細くて高価に取引されるので喜ばれます。毛長10cm、毛量3.6kg。本種は雨量の少し多いところでは不適とされています。
 
 
なお羊毛が主体であったから、肉量や肉質はやや劣りますが、長毛種との一代雑種は肉用としても良好。また体質強健で、群居性があり、放牧に適します。子羊の発育も良い。
 
 

分布

 
 
世界最大の羊毛の生産国であり、輸出国であるオーストラリアには、12,300万頭のヒツジがいますが、その約75%はメリノーであり、その雑種を入れればメリノーは約80%を占める。
 
 
しかしあまり他の外国には輸出されていません。本邦にはオーストラリア、アメリカなどから大正10年(1921)以来輸入されたことがありますが、気候やその他の環境が合わず、なくなって、現在ではみられない。

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