全身麻酔の要件
全身麻酔は投与された麻酔薬によって中枢神経の機能が可逆的に抑制された状態ですが、その要件として次の4つがあげられる。意識消失(loss of consciousness)、無痛(analgesia)、筋弛緩(muscular relaxation)、および自律神経反射の抑制(block of undesirable autonomic reflexes)
全身麻酔薬の具備すべき条件
麻酔薬は患畜に対して全身麻酔の4つの要件を実現させるに十分な麻酔作用を発揮することが望まれる。しかし、4要件のすべてを十分に満たすものはなく、例えばハロタンは麻酔作用は強いが(MAC 犬0.87)鎮痛効果は弱く、笑気は麻酔作用が薄弱ですが(MAC 犬188)比較的低い濃度でも鎮痛効果を有する。
バルビツレートは元来睡眠薬であって興奮期なしに麻酔に導入するが、鎮痛と筋弛緩の作用は弱い。また、その他の副作用または何らかの欠点をもたない麻酔薬はない。
吸入麻酔の場合は麻酔薬が肺から吸収、排泄されるため、麻酔の導入も覚醒も迅速に行われる。静脈麻酔の導入は概して速やかですが、薬が体内で生体内変化(biotransformation)を受けあるいは肝、腎などの臓器を経て排泄されるため、覚醒には時間が掛かる。
吸入麻酔薬は概して安全域が広く、麻酔状態の判定が容易で、必要に応じて麻酔深度を調節することができる。これに対して注射麻酔では、いったん注入された麻酔薬の分解、排泄を促進する手段がないため、調節性が乏しい。
呼吸、循環、代謝などの生体機能に対する毒性がまったくない理想的な麻酔薬は未だ得られない。ジエチルエーテルは気道を刺激し、また、アシドーシスを招来する。
ハロタンには肝毒性がありhepatotoxic、メトキシフルランには腎毒性があるnephrotoxic。バルビツレートの呼吸抑制作用が強いことはよく知られている。
エーテルとシクロプロパンは引火・爆発の危険が大きい。その他の吸入麻酔薬および静脈麻酔薬にはその心配がない。
麻酔薬が科学的に安定なこと、取り扱いが容易なこと、安価なことなどが望まれます。
全身麻酔薬の作用機序に関する理論
中枢神経系がもつ複雑、高度な機能に一過性に強い、しかも可逆的な抑制をもたらす全身麻酔薬の作用機序は、未だ興味深い謎に包まれています。
これまでにも多くの仮説が提出されていますが、その全体像を余すところなく説明できる学説は存在しない。非常に理解し難いことの1つは、全く異なった化学構造をもった多種類の薬物がなぜ麻酔という共通の状態をひき起こすのかという点です。
全身麻酔薬の作用機序に関する研究は、大別して⑴神経の機能に関する神経生理学的アプローチおよび⑵細胞を構成する要素と麻酔薬との物理・化学的反応からのアプローチという2つの方向から進められています。
神経生理学的にみた全身麻酔の機序
全身麻酔をひき起こす麻酔薬の薬効と非常に高い相関を示す1つの特徴として、薬物の脂溶性があげられています。
もう1つは、脳の多くのニューロンが麻酔中に過分極に陥ってシナプス接合部における伝達が減弱するという事実があり、このことから全身麻酔薬はシナプスに富む網様体賦活系における伝達を減弱させることによって無意識をひき起こすという可能性が考えられています。
Magoun(1949)は脳幹外側を上行する特殊的(specific)な古典的感覚路のほかに、感覚のインパルスを脳幹中心部の網様体を経て大脳皮質全体に伝える別の非特殊的(nonspecific)な神経路があって、それが意識の水準を支えていることを明らかにした。
この系は網様体賦活系(reticular activating system)と呼ばれ、たくさんのシナプスによって複雑に連絡しているニューロン集団です。
この系が興奮するときは覚醒になり、抑制されるときは睡眠状態になる。この発見は「意識」の究明に飛躍的な進歩をもたらしましたが、French(1955)は、この系に由来する誘発電位が麻酔薬によって選択的に抑制されることを見出した。
現在、麻酔の発現には興奮系(興奮性ニューロン)の活動の抑制と抑制系(抑制性ニューロン)の活動の亢進が複雑に絡み合っていると考えられています。
