欧米における統計によると、成熟した犬の悪性腫瘍発生率はヒトより高い。
本邦の犬は感染症のために比較的短命であったが、次第に寿命が延びているので悪性腫瘍の発生率も高まる傾向にある。
獣医領域における悪性腫瘍治療
現在の段階では外科手術とX線照射が主流です。しかし外科手術は固形腫瘍にしか対応できないし、X線照射も現状の機器では表在性の腫瘍にしか有効でない。
犬猫の悪性腫瘍にはリンパ肉腫、骨髄腫など血球性腫瘍が多く、これらの腫瘍は化学療法でないと治療できない。
悪性腫瘍の化学療法
宿主体内の悪性腫瘍細胞は指数関数的に増加し、一定数を越えると症状が現れ、さらに一定数を越えると宿主が死亡すると考えられている。
犬猫の悪性腫瘍の治療に用いられる化学療法薬は全て何らかの形で腫瘍細胞の増殖を抑制する薬物であり、腫瘍細胞を死滅させる薬物はない。
微生物感染では寄生微生物の増殖を抑制すれば宿主の防御反応によって菌が死滅して治癒する。しかし、悪性腫瘍細胞に対する宿主の防御反応は弱く、少なくとも症状が現れているような患畜では防御反応を期待することはできない。
従って悪性腫瘍の化学療法では薬物によって腫瘍細胞の増殖を抑制し、腫瘍細胞の寿命が尽きて徐々に死滅するのを待つだけです。
化学療法薬の分類:作用機序によって次のように分類されている
DNAやRNAをアルキル化して分裂能力を奪う。
②代謝拮抗薬
DNAやRNAの合成に必要な塩基類の生合成を阻害して分裂を抑制する。
③抗生物質
DNAやRNAの合成や活性を阻害する抗生物質が抗腫瘍薬として用いられる。
④ホルモン
腫瘍細胞が由来する体細胞へ抑制的に働くホルモンはその腫瘍細胞にも抑制的に働く。
例えば、抗雄性ホルモン薬は前立腺癌を抑制する。
医学領域で免疫能賦活薬による悪性腫瘍治療の研究が多く、かなりの薬物が実用化されています。アジュバント治療と呼ばれるこの療法は犬にも応用されたが、殆どの報告では無効であると結論しており、少なくとも犬の悪性腫瘍については有効性を推定する論拠がない。
抗悪性腫瘍薬
主に犬猫の悪性腫瘍に対して多くの使用経験がある薬物について。
代表的なアルキル化薬。
毛髪の発育を阻害するのでヒトでは脱毛が著名であるが、犬猫では被毛が発育しないので脱毛が殆ど観察されない。
ビンカアルカロイドの有効成分で、腫瘍細胞内のチュブリンと結合してその重合性を奪う。したがって細胞分裂のときの紡錘糸が形成されずに分裂できなくなる。
抗生物質で、DNAと結合して核酸合成を阻害する。
腫瘍細胞と体細胞の相違の一つは一部の腫瘍細胞がアスパラギン依存性である点です。アスパラギナーゼは体内のアスパラギンを枯渇させる。
副腎皮質ホルモン剤は高用量の連日投与によって一部の腫瘍に有効です。
副作用
宿主の細胞分裂を抑制するので、細胞分裂の盛んな組織・器官への毒性が強い。
即ち、①骨髄の造血機能障害として顆粒球減少や貧血、②胃腸管粘膜の障害として嘔吐や下痢が発症し易い。
臨床応用
・犬猫の腫瘍に有効な薬物が少ない。
用量
動物用医薬品として販売されている抗腫瘍薬がないので、全て人体用医薬品の流用になります。細胞分裂を抑制するような薬物の中毒用量についての研究は多く、中毒発現が体重あたり用量とは比例せず、体表面積あたりの用量と比例することが確立している。
したがって体重の割合に体表面積の広い犬猫では体重当たり用量がヒトより高めの用量が用いられる。
予後
犬猫の悪性腫瘍では化学療法が成功した場合でも平均余命が1~2年です。可移植性性器腫瘍は例外で、手術と化学療法による完全治癒率が高い。
治療費用
市販されている抗腫瘍薬のうち、プレドニゾロンとシクロフォスファミド以外は極めて高価です。可移植性性器腫瘍以外では治癒が期待できないので、使用し難い。
一般には安価な薬剤は犬猫での使用経験が豊富であり、個々の腫瘍に対して有効性な薬剤が選別されているが、高価な薬剤では使用経験がほとんどないから有効性が確立していない。
