有機燐化合物系殺虫剤

ビーブラスト・テキスト


有機燐化合物系殺虫剤



有機燐製剤は最近現れたもので、その端緒はドイツバイエル会社Lever kusen研究所のG.SCHRADER氏が共同研究者である生物学者のH.KUKENTHAR氏の助力を得て1934年以来、数千種におよぶ有機燐新化合物を合成したことに初まり、殺虫剤の効き目に正燐酸、パイロ燐酸、エステルの分野を開いたが、もともと戦時用毒物のために研究創製されたもので、農薬としては1942年同氏によつて発表されたTEPPが最初で、次いでParathron,Potasan,Chlorchion,Dipterex,Gusathion,及びSchradan. Systox,Metasystoxなどが現われ、一方EPN(Du Pont)、Malathon(米)、Diazinone(Geigy)など、他の国々で作られ実用化されたものも出るようになり、現在では農業殺虫剤として極めて重要な役割を演じています。


しかしながら本剤は、その殺虫効果に比例して人畜に対する毒性も猛烈で、その被害は従来の農薬とは比較にならないほどで、昭和29年1~10月の10ヶ月における被害状況は後述のように、厚生省ならびに農林省の調査だけでさえ2083人、家畜、家禽合計23838という数に上り家畜では実際の数がこの数倍にも達するでしょうから、その損耗率や生産物の損害は意外な数になるものと推察されます。


本剤は農薬薬剤の上から見ると一般の有機燐剤とSchradan,Systox,Metasystoxなどのように土壌や植物組織内に浸透させて殺虫効果を期待するいわゆる浸透殺虫剤に分けられますが、化学的性質からは何れも有機燐剤に属し、その毒性も同一の機構に律せられます。


しかし一般の通例にならい便宜上2群に分けて記載する。

有機燐製剤


パラチオン剤 Parathion

1944年ドイツのSCHRADER氏等が第二次世界大戦中に戦器として研究されたものの一つであり、農薬としての価値は1946年初めて公表され、アメリカでパラチオンの名称がつけられるまでにはFolidol(独)、Phosphano(英)、あるいは3422、E 605、Thiophosなどと呼ばれました。


本邦へは昭和26年バイエル会社によつて紹介され、28年以来国産化されました。


性質



現在の農薬中最も広範囲に使用され、而かも人畜の被害の甚だしいものです。


本剤には、O,O-diethyl-thiophosphoric-O-P, nitrophenyl ester (E 605),およびO,O-diethyl-phosphoric-O-P,nitrophenyl ester(E600)があり、後者は殺虫力に優れていますが、同時に人畜に対する毒性が強く(マウス経口 LD₅₀ 3mg/kg)実用化せず、E605は戦後アメリカ Acc社が実用化し、これをParathion,E600をParaoxonと命名しました。


純粋物は黄色液体で、b.p.375℃、m.p.6.10℃、水には難溶で20~25ppmに過ぎませんが、エーテル、アルコール、ケトン、アルキルナフタレンなどにはよく混合し、石油には難溶です。


アルカリに不安定で水ではアルカリの存在で分解が促進され、また空気中の酸素では破壊されませんが紫外線や温度の上昇によつて分解されやすく、4%水酸化ナトリウムでは30℃のとき9分で50%が分解します。


パラチオンは加熱により異性化され易く、130℃でO-S-diethyl体に変り、また硝酸により酸化されParaoxonになりますが動物体では酸化酵素によつて同様の変化が起き毒力を生ずるものと解されています。


市販品は褐色の油状液体で特臭があり、揮発性で、水に溶け難いが、一般の有機溶剤にはとけます。

パラチオン剤製品の種類



乳、水和、粉剤があり、それぞれ次のような特徴をもちます。

パラチオン乳剤

黄褐色の液体で乾大根のような臭気があり、有効成分diethyl-p-nitrophenyl-thiophosphateを46.6%含むもの(ホリドール乳剤)、47%を含むもの(パラチオン乳剤)とがあります。


使用に当っては所要量を大量の水に少しずつ入れながら攪拌して撒布液を作ります。


使用濃度は害虫によって異なりますが、1000~4000倍の範囲で、本剤を最も使用する二化メイ虫の一化期には2000~3000倍液、反当4斗位、二化期には1000倍液、反当1~1.5石を撒布するのが標準です。


したがって家畜の中毒では同じ二化メイ虫に対しても濃度と散布量が甚だしく異なることに注目しなければなりません。


パラチオン水和剤

元来は灰白色ですが、警戒のために赤色に染めてあります。


有効成分は乳剤と同じで、その15%及び30%を含んでいる2種類があります。


使用に当っては水に溶き、大体400~1000倍液の範囲です。


パラチオン粉剤

灰白色で250メッシュ以上の粉末に赤く着色したもので、臭気はかなり強く、水には不溶です。


有効成分1.5%の他に増量剤としてタルクなどを混入します。


使用に当ってはそのまま反当り3kg位撒布します。


殺虫力と毒性



本剤の殺虫力は接触消化、ならびに呼吸毒として働き、且つ、ある程度の浸透性をもちます。


TEPPに比べると効果は遅いですが、残効力があり、害虫に対して5日位続きます。したがって収穫物は撒布後2~3週間を経過し、分量1γ以下でないと食物乃至飼料として危険です。


DDTに比し殺虫力は凡そ20倍といわれ、温血動物に対し、マウス経口LD₅₀、6.15mg/kgで、DDTの150~250mg/kgに比べると、25~40倍の毒力となります。


下記はゴキブリに対する殺虫力比較です。

●パラチオン:中位致死量:mg/kg:0.0006
●ピレトリン:中位致死量:mg/kg:0.008
●クロールデン:中位致死量:mg/kg:0.005
●DDT:中位致死量:mg/kg:0.01
●トクサフェーン:中位致死量:mg/kg:0.04
●TEPP:中位致死量:mg/kg:0.028
●ニコチン:中位致死量:mg/kg:0.125



また、パラチオンはDDTと同じく接触残効作用を現しますが、DDTが全く不揮発性であるのに対し、パラチオンはかなり揮発性であることが異なります。


人畜に対する毒性が強く、皮膚から容易に吸収されるので、濃厚溶液の取扱いには充分注意を要します。


更に植物組織内に吸収され、組織内を移動して他の部位に運搬され、その結果植物全体に移動するので、組織内に喰いこんだ害虫まで殺すことになりますが、同時に飼料や食物として与える場合はこの点にも考慮しなければなりません。

キジと水鳥 仲田幸男
キジと水鳥 仲田幸男 昭和46年12月20日 ASIN: B000JA2ICE 泰文館 (1971)
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