燐の性状
燐は天然に遊離して存在するものがなく、多くCa、Al、Fe等の燐酸塩として存在します。
純燐は1669年Brand氏が人尿より析出し、次で1771年Scheele氏らが動物の骨より燐酸カルシウムを析出しました。
骨には多量の燐酸カルシウムの他に、動物体には燐酸カリを含有し、植物体にも亦燐酸塩類を含みます。
燐は主に骨より製られます。先ず骨中の脂肪とカルシウムを去り燃焼し、硫酸を加え木炭と共に加熱します。玆に生じた燐の蒸気を水中に集めて得た燐塊を棒状とします。
また燐酸カルシウムに石英砂とコークスとを加え1300~1400°に熱して粗燐とし、さらに炭酸ガス中で水蒸気蒸溜を行い、後に温水中で融かして棒状とします。
燐には黄燐と赤燐との2種の同素体があり、中毒を起すものは専ら黄燐です。
(1)黄燐
白燐ともいい、新たに造った黄燐は殆ど無色ですが、日光に当ると帯黄白色、透明樹脂様硬度を有し特異な臭気を放ち、寒冷ならば脆く常温では樹脂硬度となり水中で40℃に加温すれば融解して無色の液となります。
常温で揮散し空気により自働酸化を受け、亜燐酸および燐酸に変化するため暗所で光輝を放ち且つニンニク様の臭気があります。
また空気中で熱するか又は摩擦すれば燃焼して無水燐酸となります。
なお発火点60℃であるため空気の接触を遮断して温度の上昇を防ぐため通常水中に貯えます。
黄燐は40℃(融点以下)で昇華する程度の蒸気圧があり、水と共に煮沸すれば容易に蒸発して光を放つため微量の検出に利用されます。
これをミッチエルリッヒMitscherlichの黄燐検出法といいます。
燐は元来水に不溶解とされていますが、水と共に振盪すれば少量は溶解して水に毒性を与えます。
アルコール、エーテルには僅かに溶解し脂肪類、二硫化炭素、ベンゾール、テルペンチン油および揮発油には溶解容易です。
酸素の多量特にオゾンを含有する古いテルペンチン油および硝酸は燐を酸化して燐酸とします。
硫黄、ブロームおよび沃度とは直接に化合し銅・銀・金ならびに水銀溶液に遇えば化合して沈澱を生じます。また久しく保存すれば光線および空気の作用を受け無形燐の表層を被るようになります。
殺鼠剤としての「猫いらず」中の燐含量は4~6%であり、昔使われた黄燐マッチ1本の燐は凡そ5mgを含有します。
(2)赤燐
黄燐を250~160℃に熱して造り、無形、暗赤色、無味、無臭の粉末あるいは赤褐色、金簇の光沢を有し不快臭を放つ塊状物です。
黄燐を溶解する種々の液に溶解せず、空気中で光を放たず、260°に熱して始めて燃焼します。赤燐そのものは毒物学上あるいは医薬としての興味はありませんが、マッチに用い赤色燐中に黄燐を混ぜるため中毒を起すことがあります。
(3)紫燐
黄燐を鉛と共に閉管中で加熱すれば金属光沢を有する紫色の同素体に変る。
これを紫燐といいます。
(4)燐化水素(気状燐化水素)
黄燐に濃苛性カリ溶液を加えて熱すると、燐化水素PH₃を生じます。
これは気状で極めて有毒であり、P₄+3KOH+3H₂O=PH₃+3KH₂PO₂
魚類の腐敗したような悪臭があります。最も簡単には燐化カルシウムに水を作用させてもよい。Ca₃P₂+6H₂O=3Ca(OH)₂+2PH3