第一胃鼓脹症
正常な第一胃でも、その内腔の上部にはガスが存在していますが、これは噯気によって、体外に排出され、異常に貯留することはない。
また第一胃の内容は上層に食塊、下層に流動状物がたまっている。しかし採食なく飲水のみの場合、あるいは第三胃より肛門側の食滞・通過障害の時などには、第一胃内容がいちように流動状となることがある。
このような時に左膁部で叩打聴診法を行うと、金属性の反響音をきくことがあります。しかし普通の第一胃鼓脹症では、このような反響音は聞こえない。
第一胃鼓脹症は一次性および二次性に分けられ、普通は急性に現れるが、時には慢性経過をとるものもある。
(ⅰ)原因:一次性の鼓脹症の原因の第一に挙げられるのは、新鮮な若い荳科の牧草を貪り食うことであって、ついで穀類の過食、アブラナ・キャベツ・豆類の過食などです。
二次性鼓脹症は、食道梗塞、胸部リンパ節の腫脹による食道の狭窄または閉塞、噯気反射の異常、青酸中毒、創傷性第二胃腹膜炎、腹膜炎、第一胃アトニー、横隔膜ヘルニアなどに継発する。
これらのうち、特にしばしば発生し、しかもきわめて急性に経過して、牛を死に至らしめるものの筆頭は、牧草地において、多汁な開花前の荳科牧草(アルファルファ、ラジノクローバー、レッドクローバーなど)を貪食することです。
次いで粉砕された穀粒を粗飼料を十分に加えずに多量に採食することです。
これらの場合には、醗酵によって多量のガスが発生し、第一胃の運動はむしろ活発なために、ガスが第一胃内において分離せず、細かい泡となって液状または固型の飼料と混じり、そこに粘稠な食塊を形成し、第一胃および第二胃を著しく拡張させる(泡沫性鼓脹症frothy bloat)。
この食塊はまた噴門を閉鎖して、噯気反射を妨げる。一方、食道梗塞また胃アトニーによる鼓脹の場合には、ガスは食塊から遊離して、第一胃上方に貯留する。
すなわち、高蛋白食、線維の不足、唾液分泌の減少、細菌によるネトslimeの発生、サポニン・ペクチン・へミセルローズなどによる表面張力およびpHの変化などが、本症発生の要因と考えられます。
(ⅱ)症状:一次性鼓脹症ごく初期の症状はたいてい見のがされる。これは非常に急性に発生し、あるいは放牧中に発生するからです。
左膁上部の膨満、採食中止、落ちつかなくなる、不安な表情が現れる。時間が経つと、第一胃の膨満が著しく、腹部は全体に緊張して膨れる。
噯気の排出が停止する。牛はさらに著しく不安になり、しばしば嚥下を試み、歯ぎしりをし、起臥をくり返し、うなり、時には腹を蹴る。
呼吸が著しく速く苦しくなり、開張姿勢をとる。眼が充血しやや突出する。口で息をし、舌を出し、流涎がおこる。排糞および排尿を頻回くり返す。
第一胃の運動は初期には、胃拡張のために刺激されて強盛ですが、これがむしろ泡沫化を進め、最後には停止する。あるものはガスを吐き出して、症状が軽快することがあり、またあるものは、上記の症状をくり返す場合があります。
胃内のガスが吐き出されず、内圧がますます亢進すると、牛は苦しみのため気狂いじみてくる。ついには起立不能になる。頸を伸ばし、口を開け、口角がやや引きつり、舌を突き出し、眼がとび出る。
起立しようとするができず、呼吸が喘ぎ、だんだん回数が減って最後にとまる。治療を行わない時は起立不能になってから数分間で死ぬことがある。死因は窒息です。
二次性鼓脹症:一次性鼓脹症ほど急性ではないが、原因によって急性~慢性の経過をとり、症状も一次性の急性型に準ずるものから、単に第一胃上部にガスが貯留し、そのため左膁部が膨隆するのみのものまでまちまちです。
一般に初期には、第一胃の運動は亢進し、後にはアトニーにおちいる。普通は呼吸困難および脈拍数の増加がみられ、収縮期雑音が聞こえる。
(ⅲ)治療法:獣医師を呼ぶ余裕のないことが少なくないから、畜主は応急処置を心得ておく必要がある。口に棒を噛ませ、前軀を高くし、舌に木タールを塗る。
あるいは植物油または鉱物油を少量飲ませるとよい。
鼓脹症の発生が急速な場合には、胃カテーテルを挿入する時間の余裕がないことがある。したがって套管針およびカニューレを用いて第一胃穿刺術puncture of the rumenを行ってガスを排出させる。
しかし十分にガスが排出しない時(泡沫性)には、それを通して強力な消泡剤を胃内に注入する。これには鉱物油、テレピン油、植物油、ラードが用いられ、また中性洗剤、シリコン、ポリプロピレングリコールなどが投与されて効果を挙げている。
また胃内の微生物の作用を抑制するためにクレオリン、フォルマリンなどを注入することがありますが、しかしこれらを多量に使う時は、後に著しい消化障害をのこす恐れがあります。
薬物による治療が無効な時、あるいは急を要する時には、第一胃切開術を行う。この場合は腹腔内が汚染するおそれが大きいことに十分注意し、また実施の時期の選定は慎重でなけらばならない。治療にあたって、多量の水を投与することは、消泡剤の効果を低下させるからさけるべきです。
(ⅳ)予防法:開花期前の若い荳科牧草を放牧地で自由に採食させないようにする。そのためには、放牧の時期・期間を考慮し、あるいは牧草を刈り取って給与し、または茎がなるべく含まれるように短く切って給与し、あるいは切りワラを混与する。
しかし、このように配慮しても、つねに十分に本症を予防できるとはかぎりません。したがって少量のペニシリンや油を投与して、泡沫の発生を防ぐこともあります。