輸液の基礎知識
輸液とは動物体の恒常性を維持するため、水分および電解質・栄養素などの溶液を生体に補給することです。本来は輸血を意味したが、現今では血液以外の補給を輸液と考えています。
輸液は動物のすべての疾病治療にあたり、つねに考慮されなければなりませんが、特に外科疾患の治療や外科手術にあたってはきわめて必要な処置です。
輸液実施に際して熟知すべき事項は次の諸点です。また、これらは互いに関連しています。
脱水に対する水分の補給
生体の体重の約60%は水分です。体液は細胞内液と細胞外液に分かれ、体液が著しく喪失すれば、生理機能は障害される。細胞内液の脱水はさらに障害を悪化させる。
したがって外科病治療、外科手術にあたって、脱水症状が認められる場合、あるいは外科手術によって脱水がおこる危険がある時は、経口輸液あるいは非経口輸液のいずれか(通常輸液は後者を指す場合が多い)によって水分の補給につとめ、体液を正常状態に保ち、細胞内脱水を防がなければならない。
特に嘔吐、下痢、胃腸管外瘻などからの内容流出、出血、滲出液流出、腹水・胸水の貯留、発汗著明、多尿、胃腸管内水分貯留などの場合は輸液を考慮すべきです。
脱水症には水分欠乏症、塩類欠乏症、混合性の3型があるので、水分の補給にあたってはその脱水状況によっては、電解質の補給もあわせ考えなければならない。
いずれにしても体液、特に血液のpH、浸透圧に異常変化を与えないように補液しなければならない。
ショックの予防
出血や体液の喪失、心機能低下に伴う心拍出量の減少などによる循環血液量の減少、あるいは血液分布異常による末梢循環の血液量減少による重要臓器の血液量低下によりショック状態となり生体は危険に陥る。
すなわち、組織の酸素欠乏anoxiaが急激に現れる。外科病の治療の際、すでにショック発生要因が内在していることも多く、外傷などの外科病あるいは手術自体がショックをひき起こす。
したがって外科病の診断、手術前の諸検査あるいは術中の生体観察にもとづき時を失せず適切な輸液が必要です。一般には生理的食塩水の輸液が用いられている。
特に不可逆性ショック状態に至らぬよう急いで輸液をおこなう必要がある。
酸-塩基平衡の調節(電解質の補給)
生体内では、種々の調節的機構が働いて体液の酸-塩基平衡が保たれている。この調節にあたる主なるものは、水と電解質(特にNaとK)です。
水と電解質は常時補給・排泄が行われていますが、外科病や手術などでは、平衡が失われやすく生体内の諸機能が乱され、時には死の危険が生ずることもあります。
電解質はまた水代謝、浸透圧の維持などにも関与している。したがって外科病の治療や手術に際しては、体液(血液)の酸-塩基平衡、電解質の過不足を検査し、それらの異常を是正するように調節された補液を行う必要がある。
また体液のpHは呼吸、腎機能さらには細胞段階における細胞内・外液間の調節によって恒常性が保たれている。すなわち、酸-酸基平衡の状態を知るためには、血液ガスの状況および腎機能の状況も検査する必要がある。
治癒の促進、抵抗力の増強
脱水により、酸-塩基平衡が失調し、電解質が減少すれば、体調は乱れ、生体・組織の治癒は遅延し、抵抗力は減退し、著しい時は経過を悪化させる。
炎症、手術などの侵襲もまたその原因となる。すなわち、これらに基因して、体液中の栄養素、O₂、ホルモン、ビタミンなどが減少、失調した結果と考えられる。
また外科病あるいは手術後の治癒期においては旺盛な同化作用が行われ、体液中の栄養素などを多量に必要とする。
すなわち、輸液の目的の一つは治癒の促進および抵抗力の増強にあります。
栄養素の補給
栄養の補給はできれば経口(経腸)的に行うことが望ましい。しかし、外科病に際してはすでに食欲消失していることも多く、また手術前から直後には普通、採食はさせない。
しかし生体内では、つねに新陳代謝が行われ、生体活動のエネルギーを産生している。
したがって、非経口輸液による常時継続的な栄養の補給がのぞましが、その際には、その動物の栄養不足・失調の状況、手術や治療による代謝の亢進などを計算に入れ、必要な栄養の補給がのぞましい。
腎機能、泌尿の調節
生体内の水分、電解質は主に尿として排泄される。腎臓は生体内の水分および電解質を恒常的に保持するよう機能している。この調節が乱れれば、脱水や酸-塩基平衡異常が現れ、外科病または手術の経過を悪化させる。
すなわち、腎機能検査、尿検査および尿量測定を行い、その異常を是正し、尿量にみあった補液を行う必要がある。
炎症あるいは外科的侵襲の緩和
炎症が全身におよべば体温上昇、それに伴う熱症状(呼吸数と心拍数増加)および代謝亢進が現れる。さらに食欲不振とあいまって生体は消耗する。
したがって補液により、その緩和をはかる必要がある。また、外科的侵襲は生体に種々の影響を与える。その反応を経時的にとらえ補液の量・質を適時対応させなければならない。
特に留意すべきは、水、電解質(Na、K)・Nの出納の正負の問題です。
術前あるいは外科病発症時の合併症に対する考慮
明らかに合併症が認められる時はもちろん、単純な外科病や外科手術にあたっても、潜在的合併症の発見につとめ、それに応じた輸液を実施した方がよい。
術後あるいは外科病治療経過中の合併症に対する考慮
手術後あるいは外科病治療中に種々の合併症が発生し経過を悪化させる。
したがって経過を観察しつつ必要に応じ補液の量・質を対応変化させる。
動物の特殊性に対する配慮
尿の1日量の計量が困難です。ヒトでは容易に1日量を計量することができるので、それにより、輸液量を決めることができる。しかし、動物の場合は1日つきっきりで採尿するか、特殊ケージ内で尿を集めるかなど工夫しなければならないので、1日量を知ることはきわめて困難です。
そのため尿比重および1回排尿量によって、大略を推察しなければならない。むしろ血液の性状(Ht値、血清蛋白量など)などを参考にする場合が多い
長時間の輸液が困難です。手術などで、全身麻酔時など動物の保定が十分な時は連続して輸液が行えますが、ふつうは動物が輸液を無視して自由に動きまわるため、連続長期の輸液は困難な場合が多い。
したがって必要な輸液量を補給し難い。
そのため種々の工夫がなされている。