播種性血管内凝固症候群
止血障害のうちで、先天性の血友病Aに見られるように明らかに凝固因子中の第Ⅷ因子(他に第Ⅸ因子欠如もある)の活性のみが欠如しておこる凝固障害の場合と異なり、肝疾患(肝硬変・急性肝不全)、白血病、敗血症、ショック、腎疾患、不適合輸血、全身性の悪性腫瘍、早期胎盤剥離、羊水過多その他組織の大損傷などの後天性、続発性の疾患に見られる出血素因について、医学の分野においては、古くから注目されていました。
Dickman(1936),Schneider(1951)らの研究によって、これらの出血の原因はフィブリノーゲンの著しい減少のみによるものではなく、血小板、プロトロンビン、第Ⅴ因子および第Ⅷ因子の減少なども関連するものであることが明らかにされました。
その発生機序に関しては、組織トロンボプラスチンの血流への侵入、ショックに伴う循環不全、肝不全による活性凝固因子の失活不良などがおこって流血中の凝固亢進が惹起され、フィブリンの析出、微量血栓(多臓器不全)の多発をきたすが、その際、凝固因子が大量に消費される結果、凝固機能が低下して全身性の出血をきたすとされています。
このような疾患は、A.M.Legendre, J.D.Krehbiel(1977)らによって、犬の急性肝炎、レプトスピラ症、気管支肺炎、腫瘍などにおいて報告され、またこれより先D.R.Strombeck, S.Krum, Q.Rogers(1976)らは本症状を犬の急性肝炎の症例において見出した。
このような場合の出血は、皮下、筋肉内、粘膜下など広範囲におよんで止血はきわめて困難であり、さらに多発血栓形成によって肺や腎などの臓器における循環障害や出血も加わり、複雑な病状を呈する。
このような症状は血小板の減少、プロトロンビン時間の延長、フィブリノーゲンの減少、フィブリン体分解産物の増加などによって診断可能ですが、本症状の慢性型あるいは原疾患の病状によっては、正確な診断はかなり困難となります。
処置としては、急性発症のときは原因の除去につとめるとともに、循環機能の促進をはかることが必要です。ヘパリンの静注による治療は開始時期が早ければ早いほど効果があるとされています。
ヘパリンは本来抗凝固剤ですので、一見反対の結果を招くと考えられますが、ヘパリンを用いる根拠は、本症候群の基底にある凝固亢進状態を阻止するためです。
ヘパリンの静注によって、出血は軽減ないし停止し、諸種の凝固因子などの異常状態も改善されますが、血管内に多発している血栓を除去するための線溶療法の併用あるいは反応的線溶亢進を防止するための抗線溶療法の併用などの意見もあります。
具体的には新鮮血漿の投与、抗プラスミン、ウロキナーゼ、抗トロンビン作用を有する薬品(トラジロール)の投与なども効果があるとされていますが、本症候群の診断法、治療法などはいまだ確立していません。