生体が損傷をこうむった際にみられる出血においては、破壊された血管をただちに修復して血液をできる限り血管内に保有し、かつ血流に障害をおこさないために、止血機構(hemostaticmechanism)が作動する。
その作用は血管、血小板、破損血管の局所を閉鎖する血液凝固機序、線溶機能、および最終的な組織の修復などの要因が相互に作用して止血を見るものとされていて、これらは生体の防御機構の一つです。
止血機構は出血に際して急速に作動しますが、急激な過度の出血や血栓症などでは、止血機構が破綻し、またその際に各血液凝固因子が血液凝固に関連して、それぞれ消費されて異常をきたす結果止血に支障が生ずる場合もある。
また一方では反対に、血液凝固機序が無制限に進行するような場合には、生体内の血流はただちに停止して死をきたすことは必然です。
生体内には、このような危険を防ぐため、血液凝固阻止物質が存在し、ヘパリン、アンチトロンビンⅢなどの物質は、血液凝固機序の各相において凝固因子の活性化を抑制したり、活性化された酵素をただちにまたは徐々に不活化させて凝固作用を規制する現象も存在しています。
このように止血機能に障害がおこる場合を大別すると、2種類の型が考えられています。その一つは先天性出血性素因においてみられる第Ⅷ凝固子の欠乏によって認められる血友病A、および第Ⅸ凝固因子の欠乏によっておこる血友病Bなどの場合です。
Archer,Sangerらは馬に於いて血友病Aを認め、またボクサー犬において血友病Aの報告、その他Rowsell,Brock,Didisheim,Graham,Howellらも犬の血友病を報告し、また血友病Bの存在も報告されています。
これらはいずれも近親繁殖による伴性劣勢遺伝といわれて先天性のものです。
また第2の型の凝固障害は、血小板、凝固線溶機能および血管と、その支持組織のいずれにも多少なりとも障害が発生し、その一つ一つの障害の程度は強くなくてもそれらが互いに重複して止血機能に障害をきたす場合です。
犬の伝染性肝炎、Schalmのスイートクローバー中毒、ワラビ中毒、レッドクローバー中毒などの報告はいずれも異常出血を主徴とする血液凝固障害と見なされ、後天的、続発性の障害です。出血時間、凝固時間、血餅収縮度、血漿プロトロンビン値、トロンボプラスチン形成試験など各種の凝固検査を行って、詳細な試験成績にもとづいて適切な診断が下されなければなりません。これらに対する処置として止血剤の投与は効果が期待できず、臨床的には輸血を行うべきです。
線維素溶解現象(線溶)fibrinolysis
出血の際に血液凝固機序が作動して血液凝固の終末産物としてフィブリンが析出しますが、このフィブリンはやがて溶かされ吸収されて線維細胞などに置換し、最終的には出血が停止して、修復がみられる。
このようにフィブリンが溶解吸収される過程を線維素溶解現象(線溶)という。
生理的には一般に線溶は順調に経過しますが、病的な状態では、これが過度におこって止血や修復が行われず、出血部のフィブリンがすみやかに溶解して、反対に出血を継続させる病状を呈する場合があり、これを線維素溶解亢進症と称します。
線維素溶解は、血中に産生される線維素溶解酵素プラスミンplasmin(またはフィブリノリジンfibrinolysin)によってフィブリンあるいはフィブリノーゲンが溶解するのですが、生理的な場合はプラスミンの大部分は非活性の前駆物質であるプラスミノーゲン(plasminogen(profibrinolysin))として存在して、その作用は現さない。
しかし線溶が亢進するときは、プラスミノーゲンはアクチベーターactivatorの作用をうけてプラスミンに転換する。このアクチベーターは、心、肺、子宮に由来する組織アクチベーターと白血球、血小板、血漿などの血液中のプロアクチベーターに由来するアクチベーターとからなる。
プロアクチベーターをアクチベーターに転換させる物質としては生体内には活性化第Ⅻ因子(接触因子)と組織の障害によって生じるリソキナーゼlysokinaseがあり、また薬物としてはストレプトキナーゼstreptokinaseがある。
プラスミンは正常には血中に遊離して存在することはなく、また少量が作られても阻止物質(アンチプラスミンantiplasmin)によって非活性化されてプラスミンとアンチプラスミンは動的平衡を保ち、線溶はみられない。
病的な状態によって線溶が亢進すると、直接出現する現象は止血障害ですが、線溶発現の機序は凝固系の機序とも深くからみ合い、凝固系の機能低下に対して線溶は異常亢進が対象となり、かつ出血素因とも関係がある。
現在では線溶の亢進は原発性のものよりも凝固亢進に反対して続発するものが多いとされています。また線溶が亢進するとフィブリン、フィブリノゲンはプラスミンの作用によって分解され、フィブリン分解産物(fibrinogen/fibrin degradation product,FDP)が生産される。
これらは抗トロンビン作用、フィブリン重合阻止作用、或いは血小板凝集阻止、血小板第3因子の低下などをきたして凝固系に拮抗し、血中に異常に増加して、止血機序に障害を与えると考えられている。
線溶亢進は、血中ばかりでなく生体内の他の臓器、組織内においても発現するので、このことは血中のFDP増加で推定できるし、また最近は尿中のFDPの増加を測定して腎疾患の発生を推定することもできるとされています。
このようにFDPは臨床検査の重要な項目であり、量的のみならず質的にもFDPが線溶によって分解される程度から、生体内の凝固、線溶機能の解明が進みつつあります。