骨格を構成する個々の骨に生ずる骨折の頻度は、犬では四肢の長骨の骨折が多い。すなわち、前肢より後肢に多発し、寛骨(ことに腸骨)および大腿骨に多く、また下腿の脛骨と腓骨には、しばしば同時に骨折が発生します。
前肢では、上腕骨よりも橈骨および尺骨の骨折が多いが、後2者は同時に折れることもあり、またそれぞれ別個に骨折することもあります。
手関節または足関節から遠位の骨の骨折は比較的少ない。
頭骨および脊椎の骨折も決してめずらしくはない。
猫では、大体において犬の場合と類似していますが、ただ尾椎の骨折に膀胱と結腸の麻痺が合併する例、および下顎間結合の骨折分離がめずらしくありません。
骨盤骨折(fractures of the pelvis)
骨盤の骨折は種々の動物に発生します。
しばしば同時に骨盤の数個所に骨折が生します(多発骨折)。
腸骨の骨折がもっとも多く、恥骨と坐骨の骨折は少ない。膀胱・尿道の破裂、脊椎・大腿骨頭・大腿骨頸の骨折、血管・神経の損傷を合併することがあります。
大動物
牛、馬では骨盤骨折がしばしば発生します。
牛では、四肢領域の骨折の約40%を占めます(Rosenberger)。転倒、滑走、跳躍、衝突、さらに牛では、他牛の駕乗、分娩時の過度の牽引(初産牛の骨盤結合分離が発生)などが原因となります。
骨の栄養障害(骨軟化症、骨粗鬆症)、重い体重、フッ素沈着症(fluorosis)が素因になる。
骨盤骨折は骨盤を構成する腸骨、恥骨および坐骨のいろいろの場所に発生します。腸骨の単発の単純骨折が大多数ですが、寛結節には複雑骨折もおこります。
坐骨結節、恥骨結合、閉鎖孔や寛骨臼をまきこんだ骨折の発生は少ないですが、これらはしばしば多発骨折であり、また軟部組織の損傷が著しく、神経麻痺を伴います。
診断は起立時の姿勢、跛行のタイプ、触診、X線検査および直腸検査の結果によります。これらのうち、大動物では、直腸検査が不可欠で、これによって、骨の断端、骨片、血腫などを触知します。
時には直腸内に聴診器を挿入し、肢を動かし、あるいは歩行させて捻髪音を聞くこともできます。また腟腔からも骨盤腔内の軟部組織、骨盤結合、閉鎖孔の触診が可能です。
骨盤骨折のうちでは、もっとも発生が多い。
外見上骨盤の変形は明らかですが、起立、歩行に障害はない。膿瘍、血腫との鑑別診断が必要です。治療をほどこさなくても数週間でなおる。
しかし、開放骨折の時は骨片を摘出しないと、化膿性骨髄炎、腐骨が生じ、膿瘍、瘻管形成を見る。
仙骨が片側性に沈下する。
腫脹、圧痛、打診痛がある。歩行、起立には障害が少ない。
縦の方向に単純骨折がおこることがありますが、直腸検査による確認は難しい。
数週間で自然治癒する。
起立は可能ですが、横臥を好む。
顕著な懸跛を呈する。後望では、患側の寛結節が健側よりも低くなりますが、左右の坐骨結節の高さは変わらない。
患部の殿筋に腫脹と疼痛があります。捻髪音が判明することはまれです。
直腸検査、腟検査で骨折部を触知します。
ふつう数週間で骨片がしだいに癒合しますが、骨盤腔の狭窄がのこります。
恥骨または坐骨の骨折で、骨折線が閉鎖口に達する場合には、激痛があり、重度の混跛と捻髪音、または起立不能を呈しますが、しかしなおる可能性はのこる。
両骨の骨折が併発した時は、骨盤の形状の保持が不安定になり、神経と血管に永久的な重度の損傷が生じる危険が大きく、治癒の見込みがない。
また仮に骨の癒合がおこっても、多量の仮骨形成、骨関節炎が継発して跛行が永続します。受傷後早くから倒臥したままでおき上がらないことと、姿勢の著しい異常は、不吉な兆候と考えられます。
直腸検査でたしかめる必要があります。
坐骨結節の骨折は比較的稀です。症状、診断、治療などの点は寛結節の骨折の場合と同様です。
寛骨臼の横骨折が発生すると、骨盤の患側が傾き、坐骨結節をも含めて健側よりも下がり、また大転子が脱臼して突出します。
高度の混跛を呈し、または寝たきりになります。
直腸検査で確認し、治癒の見込みがありません。
寛骨臼の背側縁が骨折した場合にも、大腿骨頭の脱臼がおこります。直腸検査では、骨折の診断がつかない。脱臼の整復は不可能で、跛行が永続し、予後不良です。
以上のように、関節を巻き込んだ骨折、大きな骨折あるいは多発骨折では、患畜は倒臥しておき上がらない。起立可能な場合でも著しい跛行が永続します。
しばしば閉鎖神経の麻痺を伴って、尿閉や便秘が発生し、また骨盤腔の変形がのこる。いずれも予後不良であるから、早期に重度の骨折と診断された場合は、非常に価値の高い動物以外はすべて屠場へ送ります。
手術可能な少数の例をのぞけば、唯一の有効な治療法は、床の軟らかい牛(馬)房に収容して、6~8週間安静を保ち、ミネラル(ことにリン)に富む飼料とビタミンDを給与して、仮骨の形成を待つことです。
馬は吊起帯によって体重を支えることができますが、牛は吊起帯に慣れないために使用できない。成牛が横臥の連続に耐える期間は1週間までです。
小型あるいは若い牛、馬では、手術による内固定の可能性が残されていますが、大型または成熟した牛、馬では、手術療法は実際的ではありません。