沸素の性状
天然には螢石CaF₂、氷晶石Na₃AlF₃、燐灰石3Ca₃(PO₄)₂CaF₂として存在し、酸素、窒素とは化合しませんが、他の種々の元素と容易に化合し沸化物を造る。
その1例は次のようです。
(1)沸化水素 hydrogen fluoride HF
螢石に濃硫酸を加えて温めると気体となって発出します。これは無色発煙性で激臭があり極めて有毒で、夏期は気状ですが、冬は液状となります。
特性は硝子に作用して珪酸SiO₂と化合し、これを腐蝕します。
CaF₂+H₂SO₄=CaSO₄+2HF
(2)沸化珪素 SiF₄
砂に沸化水素酸を作用させると生ずる気体で、これを水中に導けば膠状の珪酸と珪沸化水素酸を生じます。
3SiF₄+3H₂O=H₂SiO₃+2H₂SiF₆
(3)沸化硼素 boron fluoride BF₃
無水硼素に螢石を加え、これに濃硫酸を注いで熱すると発生する気体です。
B₂O₃+3CaF₂+3H₂SO₄=2BF₃+3CaSO₄+3H₂O
(4)珪沸化水素酸 hydrofluosilicic acid H₂SiF₆
これは水溶液のときだけ安定で、蒸発濃縮すれば沸化珪素と沸化水素に分解します。
皮膚に触れると腐蝕作用を与える。
珪沸化ナトリウム、珪沸化カリウム、珪沸化バリウム
珪沸化水素酸 H₂SiF₆にそれぞれナトリウム、カリウム、バリウムの炭酸塩または水酸化物を作用させて製る。
●珪沸化ナトリウム
H₂SiF₆+Na₂CO₃=Na₂SiF₆+CO₂+H₂O
H₂SiF₆+2NaOH=Na₂SiF₆+2H₂O
●珪沸化カリウム
H₂SiF₆+K₂CO₃=K₂SiF₆+CO₂+H₂C
H₂SiF₆+2KOH=K₂SiF₆+2H₂O
●珪沸化バリウム
H₂SiF₆+BaCO₃=BaSiF₆+CO₂+H₂O
H₂SiF₆+Ba(OH)₂=BaSiF₆+2H₂O
Na、K、Baの珪沸化物は何れも白色の粉末で比重が比較的大です。
珪沸化物のうちK、Na、Ba、CsSiF₆、Rb塩は水に難溶ですが、他の塩類は水に溶け易く、今15℃で100ccの水に溶ける珪沸化物の多数は次の通りです。
K₂SiF₆(0.12)、Na₂SiF₆(0.65)、BaSiF₆(0.026)、CsSiF₆(0.60)、RbSiF₆(0.16)、LiSiF₆(73)
氷晶石 Cryolite Na₃AIF₆
これはF54.36%、Na32.8%、Al12.8%を含み、天然に産する原鉱そのものが毒剤です。
以上のうち農業薬剤として使用されるものは、珪沸化物のNa塩、K塩およびBa塩ですが、このうちNa塩が最も水に溶け易く薬害が大であるためK塩とBa塩が用いられます。
Ba塩は沸素の他Baそのものも毒作用が強く且つ、沸素の毒性を増強すると考えられています。本邦の市販品にフロライト(珪沸化ソーダ)があります。
これに反し家畜の駆虫薬としてはNa塩が使用され、沸化ナトリウムNaF(分子量42.00、無色、比重2.73、融点992℃、沸点1695℃、溶解性:15℃の飽和水溶液100中に3.85、21℃のときは100中に4.00の無水物を含むものです。
火成岩には沸素が多く火山溶岩にも多量の沸素を含むから本邦の温泉水や火山地帯の地下水にはかなり多量を含むものがあり、従来の報告によれば次の通りであるようです。
温泉水中
玉川温泉(秋田)104ppm
草津温泉(群馬)48
渋湯温泉(長野)13
立顔寺温泉(熊本)7~10
嬉野温泉(佐賀)4~9
天ケ瀬温泉(大分)4~6
火山地帯の地下水
熊本県坊 中 1.5~2.5ppm
熊本県玉名市 1.2
熊本県人吉市 0.95
長野県中州村 0.4~6.0