毒物が血行に入り第一に起こるものは単純な化学的変化で、蓚酸は蓚酸カルシウムに変じ砒石は亜砒酸カリウムおよびナトリウムに変じ、クロールはクロールカリウム、ブロームはブロームカリウムに、沃度はヨードカリウムに変化し酸化炭素は血色素に結合します。
而して最も著しい変化は毒物が血中で酸化作用を受けることであり、例えば燐は燐酸となり硫黄は硫酸に、鉛は酸化鉛に、ベンゾールはフェノールよりハイドロキノンとなります。
これに反して多数の酸素を含有する物質はその酸素を血中に与えて還元します。例えば塩酸カリウム、硝酸化合物、クローム酸化合物などです。
多数の毒物は血中で分解を受けますが、特にアルカロイド、配糖体が著しく、例えば内用されたモルヒネは乳汁に証明されぬので恐らく血中で分解するものと看做されています。
血液は元来毒物に対し一種の防禦機能を有するものですが、毒物の作用が大量または接続的に行われると、機能の確実性が薄らぎついにそれに抵抗しきれなくなって中毒を招きます。
血液のうちでも赤血球はその固着が著しく持続的に、毒は血液により運搬されるので細胞の機能を悪化し、同時に血液自身も毒の障害を受けます。
この型は呼気や皮膚から微量を持続的に侵入するガス状毒物が多い。血液に対する毒作用は次のように分けられます。
ⅰ)赤血球毒‥赤血球あるいはHbに作用するもの
ⅱ)白血球毒‥白血球の生体防禦の機能を抑制するもの
ⅲ)血漿毒‥血漿に働きその物理的、化学的作用を変え、あるいはその組織を変えるもの
赤血球毒
中毒初期に一時的に増加するもの(アルカロイド、塩素、フォスゲン、クロールピクリンなど)もありますが、これは血液の濃縮に由来し、真の増数ではありません。
これに反し鉛塩、クローム塩、砒素、燐などの慢性中毒では赤血球の減少を招き、特に鉛中毒では正常時の40~50%に達するものがあります。
またフェニールヒドラジン、メチールフェニールヒドラジン、ジフェニールヒドラジンなどのヒドラジン中毒では赤血球の激しい破壊が見られます。
ただしベンゼンの経皮、経口、経気道による慢性中毒でも減少しますが、赤血球の形態的変化はありません。
形態的な変化は血球の再生、原形質の退行などで、例えば鉛中毒では塩基性顆粒を含んだ赤血球が見られ重症になるほど増加し、正常血球100万に対し1000以上に達すれば病状はかなり警戒を要するという。
◎溶血素
一般の工業薬品やサポニン毒は赤血球抵抗を弱め溶血を起します。
例えば砒化水素などでは比較的早くHb尿を排泄します。
◎Hb毒
毒物によってはHb分子に固着して特異な化合物を作ったり、メトヘモグロビン、ヘマチンまたはヘマトポルフィリンをつくる。
◎Hbと結合するもの
この代表は一酸化炭素で、Hbに対する親和性は酸素の約250倍です。
一酸化炭素とHbの結合は質量作用の法則に従うから、一定量の一酸化炭素を含む空気中に在る場合は血液中の酸化Hbと一酸化炭素Hbとの平衡が幾時間後に達するか推定し得られます。
例えば、0.1%の一酸化炭素を含む空気を1分間に1l吸入すると、この動物は毎分7cmの毒を吸うことになり、この量は致命的な障害を及ぼします。
◎メトヘモグロビン毒
これは酸化ヘモグロビンで酸素との結合が強く、組織で酸素を放出せぬから、その交換が不能になります。
Hbをメトヘモグロビンに換える毒物はニトロベンゼン、アニリン、パラアミノフェノール、パラフェニレンジアミン、スルファミンおよび塩化カリウム、クローム塩などがあり、またガス状のものでは硝酸や亜硝酸の蒸気です。
◎血色素毒
ヘマチンはグロビンのない血液色素ですが、この毒物としては僅かに塩素、フォスゲンなどです。
◎ヘマトポルフィリン素
ヘモクロモーゲン中の鉄を失うと紫赤色のヘマトポルフィリンを生じますが、鉛、スルフォナール中毒時には尿、糞、血液、胆汁および内臓などにヘマトポルフィリンが分離されます。
また青酸は激しい呼吸毒ですが、これは呼吸酸素の鉄ポルフィリン分子内の3価の鉄と解離しにくい結合であり、一酸化炭素は暗所で2価の状態の鉄ポルフィリンと結合します。