療法
疾病治療の要提は早期加療にあることは明らかですが、中毒症に対しては特に重要なことで、本症のように初期には比較的軽く見え日を経るに従い漸次悪化して致命的となるような場合は、治療開始の時間が問題になります。
すなわち本症は採食後少なくとも24~36時間で治療に着手し、中毒物質たる苦味質が未だ胃中に存在し経口的に解毒し得る時期でなければ効果が少ない。
したがって中毒の初期には胃カテーテルにより大量の生理食塩水(30ℓ)を注入し、外部より按摩しつつゴム管端を吸引して内容物を排除する胃洗滌を行うという方法もありますが、むしろ第一胃切開術を実施すべきです。
然るに畜主の注意をひき獣医師の診療を乞うのは普通3~4日目で既に重篤な症状を現わしている時期がおおい。
故に本症の予後は治療法よりも加療時期によって左右されることが極めて多く、且つ中毒の原因療法と同時に対症的に処置しなければなりません。
植物毒に対する解毒薬は無機物毒に比して甚だ少いが、アルカロイドに対してはタンニン酸あるいはヨード、ヨードカリ液の内用によって直接毒物を沈澱させ、配糖体に対しては酸化還元剤によって酸化あるいは還元させることが常識です。
甘藷中毒の毒物は前述の通り精油に属する苦味質であり、配糖体解毒薬を用いることが合理的です。したがって先ず経口的に与えて胃中に存在する毒物を分解乃至還元し、同時に注射によって体内に吸収した毒物を急速に無害とし、あるいは種々の酵素作用を賦活させて毒物の排泄を促進させなければなりません。
酸化剤としては過マンガン酸カリ液、過酸化水素水、チオ硫酸ナトリウム、ビタミンC、グルタチオン剤などがありますが、経口的には過マンガン酸カリ液、過酸化水素水、チオ硫酸ナトリウムを用い、注射には、チオ硫酸ナトリウム、ビタミンC、グルタチオン剤を用いる。
0.5~1%溶液として4時間毎に大動物500~1,000cc、小動物1食匙宛経口投与。
500~1,000倍液を同上に準じて与える。
(a)内用 大動物、チオ硫酸ナトリウム60.0g、重炭酸ソーダ20.0g、蒸溜水300.0ccを毎4時間毎に経口投与。
(b)注射(皮下或いは静脈内)大動物、20~25%溶液とし500cc、中動物100~250、小動物10~20cc。
本剤は元来砒素、水銀、鉛などの重金属中毒やガス中毒の解毒剤で臨床的には1920年RAVANT氏がサルバルサン中毒の還元剤として採用し、1923年アメリカのDENNIEおよびMc BRIDE氏等が鉛中毒に用いたものです。
この薬理は明らかではありませんが重金属には硫黄化合物がよく、恐らく硫黄が重金属と化合して複塩を作り無害な形として腎臓から排泄されると考えられ、チオ硫酸ソーダは硫黄化合物中最も無害なものであるから、臨床的に応用されるに至ったものであり、又他面には生体蛋白に結合した毒物を酵素のSH基と結合させて解毒するため本剤の分解によって遊離SH基を多給する目的とも考えられています。
而して本剤はかなり多量を用いても差支えなく、経口、静脈、皮下の何れにも適用されることが特徴です。
大動物1g、中動物0.1g、小動物0.05g、何れも5%溶液として皮下或いは静脈内注射
本剤は細胞の必要に応じ酸素と結合して可逆性の酸化型となり、あるいは酸素を必要とする他の物質に自己の酸素を供給して再び還元型に復する。
斯様な化学的変化を繰返して細胞内の順調な呼吸作用を助ける触媒の作用を司ります。
他の重要な作用は種々の酵素に対する賦活作用で、パパイン、カテプシン、アルギナーゼのような蛋白分解酵素を強く賦活します。
また出血に対しては毛細管壁の緊密化、骨髄の血小板産生促進、トロンビンを賦活して血液のカタラーゼ作用を増強させ、あるいは血清アルブミンを増加させて共に血液凝固作用を促進する他、赤血球、ヘモグロビンおよび網状赤血球の増加作用があります。
したがって本病のような各臓器に対して劇烈な出血性炎症を与える場合は、毒物に対する解毒作用と共にこれの止血作用をも兼ね治癒機転を促進することになります。
経験によれば本剤の応用はチオ硫酸ナトリウムよりは数段の効果が認められます。
グルタチオンはCystein, Glutamin酸およびGlykokollよりなるTripeptidで、水溶、耐熱性で、還元、酸化の2型があり、生体内で還元型は容易にHを遊離して自ら酸化すると同時に他を還元し、酸化型は容易にHを摂取して自ら還元すると同時に他を酸化させる性質があります。
而してこの反応が可逆的に行われるために生体内における酸化、還元に重要な役目を演ずる。すなわち組織細胞内に酸素欠乏して細胞内の酸化が不充分なるときはグルタチオンが増加し、細胞呼吸は脱水作用で代行されます。
グルタチオンは砒素、青酸等の解毒薬で、また酸化毒であるチアン化合物および銅等の化合物に対する中和作用が大です。
これは生体内における毒素に対する防衛作用と関係があり、解毒作用はグルタチオン自体による直接作用と触媒性による一般生活機能の亢進に伴う二次的現象による間接作用であるといわれます。
その他粘膜層、顆粒層中に存在するグルタチオンは角質形成に参与し、創面の上皮形成の際の角化を促進し、細胞分裂を調節すると共に創面の治癒によい影響を与えます。
したがって本病のように体内の酸化作用が障害を受け、各種臓器の出血甚しいものには意味があります。
現在グルタチオン製剤は市販されていないようですが、以前はツエラトミンなどの市販品がありました。
尚本病を黒斑病甘藷中毒とすることは苦味質の生成が他の菌類によってもなされるため不適当で、寧ろ一般的に考えて腐敗甘藷中毒症としたほうが適当です。