稟告
牛の蹄病は機械的、力学的、あるいは化学的な原因にも基づくほか、蹄葉炎のように内科的疾患に継発し、また削蹄の遅延、手入れの不十分など護蹄管理の失宜に基因する場合も少なくありません。
したがって、稟告を聴く時には病状の経過(急性、亜急性、慢性)、集団的発生か否か、原因と考えられる事項、過去の発病の有無、現症に対する治療の有無などのほか、畜主の経験年数、患牛の飼育目的(肉牛、乳牛、その他)、年齢、血統、産歴、削蹄実施の時期、給与飼料の内容、、管理状況(放牧、舎飼、厩舎の設計、牛床の構造と敷料、給飼法、舎内の清掃など)、泌乳量の変化などについても詳しく質問します。
牛が後肢の蹄踵部を牛床の後縁からはみ出させて立っていたり、後肢を尿溝に入れていたり、あるいは左右の後肢を度々踏みかえているような時は、一側または両側の後肢の蹄に疼痛や熱感があることを示唆しています。
また蹄病が発症した牛は起立を嫌い、横臥を好みます。
駐立検査
患畜を平坦な地面に立たせます。
その際、牛の取り扱いに慣れた畜主が手綱をもち声をかけて牛を落ちつかせます。
検査場は比較的平坦な硬地(コンクリート、アスファルトなど)の上が良く、四肢には平等に負重させます。
視診
牛を肢勢良く立たせて、四肢の負重の状況を検査します。
患蹄は疼痛が激しければ全く負重しないか、もしくは蹄踵部を挙げ蹄尖をわずかに地面に触れています。また患肢には腕関節または飛節の動揺、球節の前方突出などが見られ、また対側肢を持ち上げるときに強く抵抗します。
前蹄に疼痛があれば、負重を軽減するため患肢を前方に出し、頭部を高揚し、後肢を腹下に深く踏み込む。
後肢の疼痛では、頭部を下垂し、前肢は後踏肢勢になって後肢の負担を軽減します。両前肢の蹄が罹患している場合は、前膝を屈曲して、蹄に加わる体重を極力軽減する姿勢をとります。
蹄葉炎では背線の彎曲と集合肢勢を呈します。
蹄に激痛があるときは、内蹄または外蹄、あるいは前蹄または後蹄に負重がかたよる。たとえば内蹄のみが罹患しているときは外蹄で負重し且つ狭踏肢勢となり、反対に外蹄のみが冒されていれば内蹄で負重し且つ広踏肢勢を呈します。
また蹄尖部が冒されたときは前踏肢勢、蹄踵部が冒されたときは起繋または後踏肢勢となります。両前肢の内蹄に重度の疼痛(たとえば蹄骨々折)があるときは交叉肢勢を呈します。
牛蹄は一般に、削蹄の遅延によって過長蹄あるいは変形蹄に陥ることが多いですが、その他飼養管理や削蹄の失宜、慢性の蹄病によっても変形が起こります。
健康な牛蹄の蹄壁外面には馬と同様、蹄冠に平行な蹄輪が認められます。
蹄病や全身性疾患の際には不正蹄輪が出現します。慢性蹄葉炎の場合には蹄輪が蹄踵部に向かって広がる。
手掌をもって蹄壁、蹄球、趾間部および蹄冠周囲の皮膚に触れて、熱感、外傷、異物の刺入、腫脹、弾力性、硬度などを検査し、さらに指(趾)動脈の拍動状態を検査します。
趾間および蹄冠周囲の皮膚の触診
蹄冠部前面の皮膚は健蹄でもやや腫脹感と熱感があるから、検査の際には、患蹄と健蹄の同じ部位を比較する必要があります。
趾間部および蹄冠部の皮膚は、種々の外傷や異物の刺入をうけやすく、糞尿による汚染と相まって、フレグモーネ、皮膚炎、各種の化膿症を発生しやすい。
その他、蹄冠周囲の腫脹は、蹄関節炎、化膿性舠嚢炎の場合にも発現します。
指(趾)動脈拍動の検査
蹄鞘内に充血あるいは炎症があると指(趾)動脈の拍動が強盛となります。指(趾)動脈拍動の検査は、脈数よりも脈性に注意し、また常に健蹄の同側部と比較します。
蹄骨骨折、深部感染症、蹄葉炎などにおいては拍動が強盛となります。
蹄温検査
蹄鞘内に炎症があるときは、かならず蹄鞘に多少の増温が起こります。ただし反対側の健蹄と比較する必要があります。
また蹄踵部、蹄冠部の温度はその他の部分より高い。蹄鞘の増温は限局性に現れる場合と散漫性に出現する場合とがあり、前者では踏創、挫跖など、後者では蹄骨骨折、深部組織の化膿、蹄葉炎などを疑います。
試削検査
蹄に疼痛があって跛行を呈する場合には先ず蹄に付着した汚物を除去した後、蹄底、趾間壁、蹄踵部の枯角あるいは角質の一部を削切して精査します。
これによって角質の血斑、膿浸潤、崩壊、潰瘍形成などが明らかになります。削蹄は蹄病発見の不可欠の手段です。
圧診
蹄球、蹄冠、蹄踵部などの軟性組織に対しては、母指で強圧して、硬度、疼痛の有無を調べ、フレグモーネ、膿瘍の存在などを検証します。
伸筋突起付近の蹄冠の指圧に対して疼痛を示す場合には、蹄骨骨折あるいは趾骨瘤を疑います。
検蹄器(蹄鉗子)による圧診
蹄鞘内部の知覚異常を知るためには、検蹄器(馬蹄に使用するものと同様)を使用して検査します。すなわち肢を挙げて検蹄器の雌嘴を蹄壁に、雄嘴を蹄底にあて、はじめは軽く、のち次第に強く圧迫します。
鉗圧部に疼痛があれば肢の上部の筋の攣縮が現れ、疼痛が激しいときは肢を急に牽引します。牛蹄は馬蹄に比して蹄各部の角質が薄く、また蹄底には枯角が蓄積している場合が多いから、圧診の際には、特に蹄底の枯角を削除して検査します。
知覚部の急性炎症は鉗圧に対し鋭敏に反応します。また蹄底の限局性疼痛反応は蹄血斑、踏創の際に著明です。
打診
触診、圧診のほか打診槌をもって蹄各部を短く、軽く叩いて疼痛の所在を探る方法で、しばしば検蹄器による圧診よりも効果的なことがあります。
なお対側肢の蹄についても同様に検査して比較します。
歩様検査
駐立検査で十分な診断が得られないような時には、必要に応じて歩様検査を行います。その要点は、肢の挙揚、前進、踏着の状態に生ずる変化を観察することです。
一般に牛の歩様検査は馬と同様の要領によって行います。白帯裂、趾間過形成、趾間フレグモーネ、蹄球びらんなどでは軽症の際にはかならずしも跛行を示しませんが、蹄骨骨折、蹄関節脱臼、蹄葉炎などでは明瞭な歩行異常あるいは跛行が出現します。
患肢が負重する際に現れる支跛では、着地時の点頭運動、球節の不十分な沈下、歩幅の後方短縮などが見られ、主に肢の下部に疼痛がある時に現れます。
一方、肢を挙揚して前方へ提出する際に現れる懸跛は、主として肢の上部の筋肉、関節などに障害のある際に認められます。
その他、支跛と懸跛の両者をあわせて示す混跛も発現します。
牛の跛行は主に蹄病に基因するため、支跛を示すものがおおい。ただ負重時に内蹄と外蹄が左右に開く点が馬の蹄と異なることに留意して観察する必要があります。
内蹄に病巣が存在するときはもっぱら外蹄で負重し、また外蹄に病巣のある際は反対に内蹄で負重します。蹄踵部で負重する場合は蹄関節脱臼、蹄葉炎、深屈腱断裂などを疑います。
蹄骨骨折、化膿性蹄皮炎、釘傷などでは蹄尖部のみで踏着、負重します。
以上のほかに、馬蹄と同様、必要に応じてX線検査、診断的麻酔、木楔検査などを行いますが、牛とくに乳牛では糞尿汚染による蹄病の発生率が高く、化膿性、壊死性の病的機転が進行しやすいので、膿汁の微生物学的検査の診断的意義が重視されます。