砒酸石灰 Calcium arsnate Ca₃ (AsO₄)₂(毒物)
本剤が農薬として実際に取上げられたのは先年のことで、発祥地の米国で45年、本邦で30年位を経ています。
また本剤の害虫に対する範囲は砒酸鉛に比し狭いのですが、それにも拘らず一般の使用が非常に増加し、本邦の消費量が曾て1年間に1500噸以上に達したことは、安価なことと、この原料である砒酸および石灰が本邦に多いことに基因します。
砒酸石灰は殆ど石灰乳と砒酸から製造されますが、原料比によってpHの異なるものが出来ます。即ち、原料比はCaOとAs₂O₅のモル比で表わされ、CaO/As₂O₅の小さい程酸性が強く溶解度が高く、CaO/As₂O₅が大きい程中性乃至塩基性砒素石灰となり、農薬としては薬害を防ぐため溶解度の少い塩基性のものを使用します。
砒酸H₃AsO₄の水酸基を1個宛カルシウムで置換すると、砒酸の一カルシウム塩、二カルシウム塩、三カルシウム塩を生成し、三カルシウム塩に水酸化カルシウムが結合すると塩基性砒酸カルシウムとなります。
Ca₃(As O₄)₂ + Ca O = Ca₃(As O₄)₂・Ca O〔4Ca O・As₂ O₅〕
而してCa O/As₂ O₅ = 3.0は中性、3.3が塩基性砒酸カルシウムであつて従来農薬の主成分は砒酸三カルシウム〔Ca₃(As O₄)₂・2H₂ O〕と考えられていましたが、市販品はこれと塩基性砒酸カルシウム(CaO・As₂ O₅・xH₂ O)との固溶体遊離の砒酸カルシウムおよび塩基性砒酸カルシウム竝に水酸化カルシウムの混合物であるといわれています。
適正に製造された砒酸カルシウムは有効成分である砒酸三カルシウムおよび塩基性砒酸カルシウムの空気中における分解は極めて小で、紙袋内に保存した場合でも効力が充分です。
砒酸カルシウムは加水分解を受けると易溶性となり弱酸に対して極めて不安定ですが、アルカリ性の水または塩類を溶解させる水中では溶解性を増すことのないのは酸性砒酸鉛と異なる点です。
したがって酸性の消化液の生物に対して極めて有効なことは家畜中毒に関し注目すべき性質です。
本剤は銀白色の微粉末あるいは糊状物ですが、青色または赤色に著色して他の食品粉と誤らぬようにしてあります。
粉末にはふつう42~46%、糊状物には17~20%の無水砒素を含み標準規格品は全砒素(As₂ O₅として)40%以上、炭酸可溶性砒素(As₂ O₅として)2%以下とされています。
これの使用期間は稲6~7月、馬鈴薯5~6月、瓜類6~8月で標準溶液濃度は水1石(182ℓ)当り750gですが、450~900gまで用い、場合によってはニコチンあるいは砒酸鉛を加用します。
また粉剤としては砒酸カルシウム10~20%、消石灰90~80%を混ぜる。したがって砒素の含量は1ℓ当り約1~2gとなります。
本剤の害虫に対する範囲の狭い理由は前述のように消化液のpHによって異なるためでpH5.5~7.6の範囲の虫に対しては顕著な致死を示しますが、pH7.2~10.2では効果が少ないという。