BHCの毒性と殺虫力
BHCは接触毒を建前としますが、分解もある程度困難なため、消化器毒としても働くことはDDTと同じです。しかし、更に揮発性を有しガス状となり呼吸毒となり、それだけ速効的であることがDDTと異なります。
つまりDDTに比し気化速度が速いわけです。
BHCの毒性の作用機転に就いては種々の説があり、例えばCyclohexan-hexolの構造を有し消化管粘膜の機能維持に必要なビタミンB₂群の1つであるイノシトールInositole C₆H₆(OH)₆とγ-BHC、C₆H₆Cl₆の化学構造が類似しているため、イノシトールと結合すべき代謝物質がこれの代わりにγ-BHCと結合して障害を与えるだろうという所謂イノシトール説があります。
しかし最近ゴキブリについての実験報告によると、γ-BHC中毒症状の発現機構は次の通りであるということです。
すなわち興奮および運動失調期にはシナップス伝達の僅かな疏通のため外部刺戟に敏感となり、神経の自発性衝撃のため虫は活発に動き廻り、疏通が著しくなるとシナップスの運動調節機能は失われて、運動失調に陥り痙攣を起こすようになります。
更に中毒が進行すると神経の自発興奮性が減退して麻痺に向いついにシナップス伝達阻害、神経伝導麻痺および筋肉麻痺を来し完全に麻痺して死に移行します。
以上のようにBHCもDDTも一種の神経毒であり、温血動物に対する毒性は、DDTより弱いといわれています。
今ラットに対するBHCの致死量を見ると次の通りγ異性体が最も強く、次でδ、αの順で、βは全く無毒です。
このγ-BHCの致死量1.7g/kgをDDTのラット0.15~0.25g/kgに比べると1/7~11となり、毒性の弱いことが判ります。
ただし、昆虫類に対しては殺虫力が逆で、例えばグラナリヤ穀象に対する致死量はγ-BHC 1 に対してDDTは15(重量比)であつて、DDTの方が1/15程度であることは興味が深く、昆虫類の殺虫力が強い薬剤が、必ずしも家畜に強い作用を呈するものでないという証左です。
またBHCもDDTと同じく蜂類、蚕に対しては有害です。
BHCのラットに対する致死量
●BHCの種類
α-BHC
●致死量(中位致死量)g/kg
1.7
●BHCの種類
β-BHC
●致死量(中位致死量)g/kg
–
●BHCの種類
γ-BHC
●致死量(中位致死量)g/kg
0.19
●BHCの種類
δ-BHC
●致死量(中位致死量)g/kg
1.0
●BHCの種類
BHC混合物
●致死量(中位致死量)g/kg
1.25