BHCも亦すでに1825年ファラデー氏によつて結晶が造られましたが、殺虫力を認められたのは1942年イギリスの化学工業会の試験が導火線でした。
しかし、その当時は効果がまちまちで実用化にはほど遠かったようです。
ところが1945年イギリスのスレード氏によつてBHCには幾つかの立体異性体があり、殺虫効果の著しいものはγ異性体であることが明らかにされて以来、殺虫力の強いこと、作用の多面性、原料や製造の簡単なことなどから、DDTに優るものとして農用にも防疫用にも重きをなすに到りました。
BHCの性状
BHCはベンゾールと塩素との簡単な化合物ですが、立体構造は複雑で、特にその生理作用が極度に異なります。
BHCの分子式はC₆H₆Cl₆で異性体として現在γの他α、β、δ、ε、Θなど6つが確認され、このうち殺虫力の最も強いものはγ異性体で、αとδは僅かに効力があり、他のものは全く無効です。
したがって現在BHCといえばγ異性体を指します。
BHCの純粋なものは無色の結晶で揮発性があり、殆ど無臭で、水には溶けませんがベンゾール、アルコール、石油などの有機溶剤には溶けます。
しかし、各異性体の性質は多少異なり、溶解度、蒸気圧、脱塩酸反応や有機溶剤に対する程度などに差があります。
例えば有機溶剤に対してはδが最も溶け易く、γ、α、ε、βの順に難溶となります。またアルカリに対する分解速度にも差があり、α、δ、γ、ε、βの順に安定となります。
科学的物質としてはアルカリ以外には比較的安定で、温度、湿度によつて変化を受けず、特に酸に対しては極めて安定です。
アルカリでは容易に3分子の塩酸を脱離して、トリクロロベンゼンとなり無毒物となります。
C₆H₆Cl + 3NaOH → C₆H₃Cl₃ + 3NaCl + 3H₂O
BHCに揮発性のあることはDDTと異なる点で、この性質が殺虫力や毒性に特異性を与えるわけです。以上のようにDDTとBHCは共に、アルカリに対して不安定であり、熱に対して安定な点は共通性があります。
粗製BHCは白色乃至黄色の粉末または塊状固体で、特有の刺戟臭があり、純粋品と同じく熱や酸には安定で、アルカリには不安定で、石灰水でも分解されます。