胸骨をはさむ左右最後肋骨(季肋骨)、腰椎横突起および大腿付着部に囲まれた広い体壁の部を腹壁といいます。腹壁は前腹部(左および右下肋部、剣状突起部)、中腹部(左および右側腹部、臍部)および後腹部(左および右鼠径部、恥骨部)に区分されます。
また最後肋骨、腰椎横突起および腸骨寛結節(腸骨外角あるいは腰角の部)に囲まれた陥凹部は左(右)膁部(腰旁窩)という。なお、剣状突起部、臍部、恥骨部を含む腹壁下面付近を腹壁底面または漠然と下腹部ということがあります。
腹壁底面の正中線上には臍、正中線両側には、乳頭(乳房)および、雄では、正中線上後方に陰筒が付着する。腹壁の後縁は、雄畜では陰嚢、会陰部、肛門につづき、雌畜では外陰部、会陰部、肛門とつづく。
腹壁に囲まれた体腔は広大なる腹腔が占め、前方は横隔膜を介して胸腔に接し、後方は骨盤腔に連続している。腹腔には消化器管など重要臓器を内臓している。
腹壁の構造は最外表は皮膚、最内壁は壁側腹膜であって、その間に、皮下織、皮筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋および腹直筋が層をなし、腹部底面の正中線で白線を形成している。
また臍輪、大腿輪および鼠径輪(管)が筋層を貫いている。
腹壁の損傷(injuries of the abdominal wall)
腹壁に発生する損傷(創傷および挫傷など)は、重篤な合併症、継発症を伴うことがしばしばあるので、特に慎重に取り扱わなければなりません。
また種々の目的で開腹手術が行われているので、その手術創もまた人工的損傷であり、順調な回復が要求される。
創傷(wound):腹壁の創傷は不透創と透創に分けて処置する必要がある。
(ⅰ)不透創(non-perforated wound):腹壁のみにとどまり、腹腔に達しない創傷です。
イ)原因:衝突、角突、蹴傷、咬傷、有刺鉄線などにより発生する。
ロ)症状:刺創、裂創、割創、挫創などが発生する。皮膚、皮下組織あるいは腹筋にまでおよび、しばしば感染をおこしてフレグモーネを発し、牛馬では慢性に経過する傾向がある。
局部にびまん性の疼痛の著しい腫脹が生じ、熱感が著明です。この腫脹はしばしば広範囲に広がり、その転帰は吸収または膿瘍化です。瘻孔形成または腹膜炎に移行することはまれですが、不潔な刺創では、異物性瘻孔が形成される場合もあります。
ガス壊疽を発し、敗血症に陥って死亡することがあります。また膿が次第に下腹部まで沈下し、時には自潰することもある。筋肉に損傷がおよぶ場合には、分泌が著しく、特に横創では、創の下縁に広範囲の腫脹がおこりやすい。
ハ)治療法:創内を清潔にし、必要に応じて辺縁切除術をほどこし、一般創傷療法に準じて治療する。創液の分泌の著しい時(筋肉の損傷がある場合など)は、排液法を講じなければならない。
特にその貯留が著明な時は反対孔をもうける。新鮮で汚染されていない創傷はすみやかに創縁を縫合する。
(ⅱ)透創(perforated wound):腹壁は骨格のない広大な軟部組織によって構成されているため、その損傷はしばしば透創となる。
原因はほぼ不透創と同様ですが、一般に強い外力が作用して発生する。また不透創の不注意な探診、胃内容物の穿孔によっても発生することがあります。
イ)症状:透創は、腹部臓器の脱出あるいは損傷を伴うか否か、または感染の有無によって症状の軽重、経過の長短を生ずる。腹壁内面は表面積がきわめて広く、吸収力が大きく、また分泌が著しい。
したがって腹膜炎が発生する時は、全身的に著しい影響が現れる。
(a)腹部臓器の脱出・損傷を伴わない場合:創孔は概して小さく、感染を伴わないかぎり危険ではない。
また腹腔への穿孔が不明なこともありますが、その場合探診は慎重に行うべきです。
感染すれば腹膜炎に移行し、予後不良となることが多い。
(b)腹腔臓器の損傷を伴う場合:消化管を損傷すれば、消化管内容漏出に伴い局所の炎症、癒着、ついには腹膜炎をおこす。腹膜炎をおこせば予後疑わしく、まれに胃・腸瘻となる。
また胃・腸が破裂すれば、急性経過を示す。肝臓、脾臓あるいは大血管が損傷されれば、著しい内出血がおきる。
(c)腹腔臓器の脱出を伴う場合:透創から腸管が脱出した場合は、予後は疑わしいかまたは不良です。この場合にはしばしば脱出した腸管が汚染して、後に腹膜炎をのこし、あるいは腸管の損傷を生ずることが少なくない。
脱出した腸管は、時間を経過するとしばしば乾燥し、壊死におちいる。なお大網が脱出することもある。この場合はかならずしも予後が不良とは限らない。
これは大網がその創孔を閉塞するからです。
ロ)治療法:すべての場合、腹膜炎の予防および治療に留意すべきです。腹腔臓器の脱出、損傷を伴わない単純な透創の場合には、慎重に傷を清掃し、異物を除去し、局所的および全身的に化学療法をほどこす。
探診は慎重に行い、なるべく傷は縫合閉鎖する。
腹腔内において、胃腸の損傷、大出血がおきた場合、あるいはその疑いがある時は、すみやかに開腹し、止血、胃腸損傷部の閉塞を行う。
損傷著しければその部を切除し、吻合術を行う。胃腸内容で汚染された腹腔を徹底的に清浄にし、消炎処置を行う。しかし汚染が著しければ、多くは予後不良です。
創孔から大網が脱出した場合は、大網を腹腔内に整復することなく、わずかに引き出した上で、脱出部を切除すれば、腹膜炎の予防に役立つ。
創孔から腸管が脱出した場合には、すみやかに脱出腸管を消毒、異物を除去したのち整復し、傷を清潔にして創孔を縫合する。もし腸管が壊死に陥り、あるいは損傷を受けた場合、または清浄が十分に行えない場合には、その部分を切除し、腸管吻合術を行う必要があります。
