強心配糖体とはステロイドをゲニンとする配糖体で、強心作用のある薬物の総称です。強心配糖体を含む植物は多いが、ジギタリス(Digitalis sp)やストロファンツス類が代表的です。
化学
ジギタリスはDigitalis purpurea(ジギタリス)やDigitalis lanata(ケジギタリス)の葉に含まれる強心配糖体の総称です。
天然配糖体はアルコール以外の有機溶媒や水への溶解性が極めて悪く、経口投与後の吸収率も一定しない。
しかし天然配糖体から全ての糖を除いた化合物(ゲニン)は一般に薬理作用が弱く、作用時間が短い。
抽出の過程でアルカリや酵素で特別な処理をすると天然配糖体の一部の糖だけが解離されて、溶解性がよく薬理作用の強い配糖体が得られる。
このようにして得られた配糖体としてはジギトキシン(digitoxin)とジゴキシン(digoxin)が代表的です。
夾竹桃科のStrophanthus gratusの種子に含まれるG-ストロファンチン(G-strophanthin, ウワバイン ouabain)は速効性の強心配糖体です。
体内動態
強心配糖体の家畜における体内動態の報告はジゴキシンが多く、犬猫、馬、牛、綿山羊での報告があり、特に犬と馬には多数の報告があります。
ジギトキシンに関する報告は少なく、G-ストロファンチンに関する報告は極めて少ない。他の配糖体については皆無に等しい。
溶解性
強心配糖体の水溶性はステロイド核に付く水酸基の数と関連し、1個のジギトキシンは水溶性が低くて脂溶性が高く、5個のG-ストロファンチンは水溶性が極めて高くて脂溶性が殆どない。
2個の水酸基を持つジゴキシンはその中間です。
吸収
経口投与後の吸収は速やかで、投与後1時間以内に血漿中濃度が最高になる。
吸収率はジギトキシンが高く、ジゴキシンでは低い。G-ストロファンチンでは極めて低い。
いずれも製剤による吸収率の差が大きく、予測が困難です。
筋注後の吸収は速やかです。
分布
いずれの動物種でも分布容が高くて5l/kg以上になり、組織中の分布濃度が血中濃度より高くなる。
分布濃度の特に高い組織は肝と腎ですが、心への分布性もよい。
骨格筋には心への1/5程度の濃度にしか分布しない。
蛋白結合
ジギトキシンは蛋白結合率が高いが、犬ではヒトよりかなり低く、また濃度が低下すると結合率が高くなる。
ジゴキシンの結合率は低く、動態学的には無視できる。
消失
犬ではジギトキシンもジゴキシンも代謝されるが、代謝速度は遅い。
代謝物は尿中に排泄されるがその速度も遅い。
血中半減期はジギトキシンもジゴキシンも30時間前後ですが、犬での報告を集めてみると個体差が極めて大きい。
薬理作用
強心配糖体を心の機能が慢性的に低下した個体、即ち欝血性心不全の個体に薬用量を投与すると心収縮力を強め、心拍出量を高める。
しかし健康な個体(犬)に投与すると心収縮力は強まるが心拍出量は低下する。
心の機能は血液循環におけるポンプの役割であるから、心拍出量の低下は心機能の低下を意味する。
つまり、強心配糖体は健康な犬に対して心の収縮力を強めて心の機能を弱める。
この現象は古くからジギタリス パラドックスとして知られている(健康な人では心拍出量が低下しない)。
心筋の収縮力は心室でも心房でも強心配糖体によって増強される。
この陽性変力作用(positive inotropic action)は健康動物でも認められる。
この作用は心筋への直接作用であり、神経や刺激伝導系の支配の少ない摘出乳頭筋に対しても働く。
心拍数は強心配糖体によって減少する。
この陰性変周期作用(negative chronotropic action)は健康個体では軽度であり、中毒用量で明確になる。
心不全個体では心拍数が健康個体の約2倍になっているが、強心配糖体によって著明に減少する。
この心拍数減少はアトロピンの前処置によって大部分が抑制されるので、主として迷走神経経由の反応です。
用量が多くなれば心への直接作用によって心拍数を低下させる。
心不全個体では房細動を併発していることが多いが、この細動による症状は著明に抑制される。
強心配糖体のこの作用はAV伝導の抑制、心不全のない頻脈性不整脈にも有効に働く。
心の興奮伝導系は強心配糖体によって伝導速度が遅くなる。
健康個体でも心不全個体でもこの陰性変伝導作用(negative dromotropic action)は軽度です。
中毒量では房室ブロックや房細動を発現させる。
拍出量を健康個体では減少させ、心不全個体では増加させる。
健康個体では静脈系を弛緩させるので、血液が中心静脈に貯留して心への帰還量が少なくなって拍出量が低下する。
心不全個体では既に中心静脈が血液貯留状態であるから心の収縮力増強に伴って拍出量が多くなる。
薬用量での影響は健康個体でも心不全個体でも軽度です。
心不全個体では強心配糖体の薬用量が利尿作用を現すが、健康個体では認められない。
心不全個体における利尿作用は恐らく間接作用であり、強心配糖体が全身循環を改善し、水分・塩分の平衡維持機構が変化した事によると考えられている。
犬や猫では中毒量やその近くの用量で嘔吐することが多い。
投与後30分以内に起こる嘔吐は第四脳室底のCTZへの作用ですが、遅発性の嘔吐は消化管の刺激によるらしい。
局所刺激作用があるので眼や口腔の粘膜と直接接触すると充血・腫脹を起こす。
臨床応用
犬と馬の欝血性心不全と犬の上室性不整脈の治療薬として専らジゴキシンが用いられる。
欝血性心不全の治療では長期の投与が必要ですが、動態学的係数の個体差が大きいので投与計画の立案が難しい。
最も良い方法は個体ごとに基準用量投与後の血中濃度を測定して動態学的に投与計画を立てる方法ですが困難です。
従って、心電図を観察しながら少なめの用量を1日に1回ずつ投与して有効性と毒性を観察しながら適切な用量を求める方法が用いられている。
初回の投与に高用量(基準用量の倍)を投与する方法は危険です。
多くの症例では長期投与になるので経口的に投与するが、製剤と個体の差による利用率の差が大きいので、日数をかけて適切な投与量を求める。
緊急治療では注射も可能ですが、刺激性のある薬物であるから皮下注は危険です。
犬でも馬でもジゴキシンは使用経験が豊富です。
ジギトキシンは犬とヒトで有効血漿中濃度が類似するが、血中の遊離薬物濃度は犬が3倍以上であり、不全心に対する作用がヒトより弱いことを示しているし、毒性も発現し易い。
さらに血漿中濃度が低下すると蛋白結合率が高くなることはそれだけ有効血漿中濃度範囲を狭くすることになる。つまりジギトキシンは犬に不適当な薬物です。
G-ストロファンチンは速効的であるから急性不整脈の治療に適するとの主張もあるが、ジゴキシンが静注5分後から作用し始めるのに対して3分後に作用し始める程度であるから選択の論拠としては弱い。
副作用
犬や馬におけるジゴキシン投与での副作用発現の可能性はヒトに於けるより高い。
犬に於ける副作用は消化器症状と心毒性であり、ヒトに於けるような神経症状は明確でない。
消化器症状としては食欲不振、軟便、嘔吐が認められるが、特に嘔吐は過量投与の可能性を示している。
心毒性は心細動であり、この症状が出ると死亡する危険性が高い。
したがってジゴキシンの投与では常に心電図によって心毒性をモニターする必要があり、二段脈が発現したら直ちに投与を中止する。
ジギタリス不整脈では低カリウム血症を併発するが、これが不整脈発現の一因になっている。
従って塩化カリウムが治療薬になる。心細動の直接的治療薬としてはリドカインが用いられている。
ジギタリス性の心細動にはフェニトインの注射が特異的に有効と言われているが、本邦では用いていない。
ループ利尿薬は低カリ血症を起こしやすいので、併用には注意深い観察が必要。

