注射で投与される麻酔薬のうちバルビツール酸誘導体では吸入麻酔に近い麻酔状態が得られるが、その他の薬物では一般に麻酔が不完全です。
吸入麻酔と異なって、いずれの薬物も薬物受容体に働くので特異性があり、比較的小用量で用いられる。
注射麻酔薬の利点としては、①特別の麻酔器具を必要としない、②引火の危険がない、③専任の麻酔担当者の必要がない、④気道刺激による肺炎の危険が少ない。
などが挙げられる。
逆に欠点としては、①吸入麻酔と異なって麻酔深度の調節が困難である、②肝での代謝や腎排泄が主要な消失経路であるから肝や腎に障害のある動物への適用が困難である。
などが挙げられます。
バルビツール酸誘導体(barbiturates, バルビツレート)
バルビツール酸はマロン酸と尿素が脱水縮合した化合物です。
バルビツール酸には薬理作用が殆どないが、そのアルキル・アリル誘導体は強い中枢神経抑制作用を示す。
体内動態
動物に使用されるバルビツレートは主としてチオペンタール、ペントバルビタール、フェノバルビタールです。ペントバルビタールの動態学的特徴は中間的であるから、主として他の二つの薬物について記載
バルビツレートはpKaが7~8の弱酸であり、水溶性が極めて低いがNa塩は水によく溶ける。
※バルビツレートの体内動態
・脂溶性
極めて高い
・水溶性
極めて低い
・経口吸収
速い
・分布容
↓
・肝代謝
中程度
・脂肪組織分布
極めて速い
・尿排泄
代謝物だけ
・脂溶性
↑
・水溶性
↓
・経口吸収
↑
・分布容
0.7 l/kg
・肝代謝
↑
・脂肪組織分布
↑
・尿排泄
代謝物が多い
・脂溶性
高い
・水溶性
低い
・経口吸収
遅い
・分布容
↓
・肝代謝
極めて遅い
・脂肪組織分布
遅い
・尿排泄
親化合物が多い
経口吸収
脂溶性の高いチオペンタールでは速いがフェノバルビタールでもかなり速い。
一般にNa塩で与えた方が溶解が速いので吸収が速い。
分布
バルビツレートは一般に組織移行性が高い。チオペンタールは静注後に先ず血流の多い組織に分布するので脳灰白質への初期分布濃度が高い。
しかし脂肪組織への再分布速度も速いので10分程度で脳内濃度が低下する。
作用時間が極めて短いのはこのためです。
代謝
チオペンタールは肝のマイクロソームで酸化、脱硫などの代謝反応を受けるが代謝速度は遅い。
フェノバルビタールはマイクロソーム酵素の強力な誘導薬ですが、それ自体は代謝に対して抵抗性で緩徐に代謝される。
尿排泄
チオペンタールは糸球体で濾過されても完全に再吸収されるので、尿へは代謝物だけが出る。
フェノバルビタールは代謝が遅いので尿中には親化合物のまま現れる。
排泄速度は遅いが、尿のpH上昇によって促進される。
動物種差
代謝速度に於ける種差は大きい。
ペントバルビタールの1時間代謝率がヒトで4%、犬で15%、反芻動物で50%と報告されている。
猫では代謝が遅いのでこれらの数値より小さくなり、ラット、マウスでは代謝が速いのでこの数値より大きくなる。
薬理作用
バルビツレートはいずれも中枢神経系全般に対する抑制作用が強く、その用量に応じて鎮静から麻酔までの段階の反応をひき起こす。
例えばペントバルビタールを犬に経口投与した時の用量(ED50)と反応は9mg/kgで鎮静、12mg/kgで催眠、35mg/kgで麻酔、80mg/kgで呼吸麻痺です。
この用量は動物種、薬物の種類投与経路によって異なるが、どの薬物でも類似した比率になる。
バルビツレートの鎮痛作用は弱い。
作用時間
バルビツレートの薬理作用の特色は、薬物によって作用時間が著しく異なる点です。
おおよその目安として、麻酔用量を静注してから回復までの時間は極短時間作用型で15分、短時間作用型で1時間、中程度時間作用型で3時間、長時間作用型では6時間以上と考えてよい。
一般に極短時間・短時間作用型の薬物は全身麻酔薬として用い、中程度時間・長時間作用型は鎮静・催眠薬として用いる。
抗痙攣作用
バルビツレートは痙攣抑制効果が強く、ストリキニーネなど各種の痙攣薬に拮抗する。
一般にはこの抗痙攣作用を示す用量は催眠用量ですが、フェノバルビタールでは鎮静用量でも抗痙攣作用を現す。
呼吸
呼吸中枢への作用は強く、鎮静用量でも呼吸中枢のCo₂感受性を低下させて呼吸を抑制する。
麻酔用量ではCO₂感受性を喪失させ、呼吸抑制はさらに強くなる。
過量投与による致死因子は呼吸麻痺です。
循環系
呼吸への作用に比べると弱いが抑制的に作用し、麻酔用量では血圧を低下させ心収縮を抑制する。心拍数は逆に増加する。
過量投与によって呼吸が停止した後も心拍は暫く続く。
体温
麻酔用量では体温低下作用が強い。
特に気温が10℃以下だと20℃台まで低下する場合がある。
鎮静用量では影響しない。
胎子
妊娠動物に投与すると胎子への移行性が良いが、母体内の薬物濃度が下がれば逆向きに移行して影響は残らない。
しかし帝王切開の麻酔に用いると胎子に移行した状態で母体から離されることになり、呼吸開始が抑制される。
新生子の薬物代謝排泄能は極めて低い。
作用機序
低用量のバルビツレートは中枢神経系内のGABAの作用を増強する。
高用量ではCa²⁺依存性のC1⁻チャンネル閉鎖機構を抑制して過分極させる。さらに高用量ではNa⁺チャンネルの閉鎖を抑制する。
このように作用機序が多元的であるために作用が広範囲で、呼吸中枢への抑制作用が強く、安全係数が小さいと説明されている。
一般にバルビツレート以外の注射用麻酔薬や鎮痛催眠薬では作用機序が単一であり、麻酔薬としては頼りないが、呼吸中枢への抑制作用が弱く、安全係数が大きい。
耐性
麻酔に反復使用すると軽度の耐性を生ずる。
この耐性は中枢神経の感受性低下による薬力学的耐性です。フェノバルビタールの経口投与によって多くの薬物に対する耐性を生ずる。
この耐性は肝の酵素誘導による薬動力学的耐性であり、投与後数日間続く。
臨床応用
作用時間が極端に短いので、予備麻酔とか簡単な臨床的処置のための麻酔に用いる。静脈内投与だけに用いる。
全身麻酔薬として利用される。
全身性に痙攣している動物に対する抗痙攣薬としても用いる。
Na塩の水溶液は不安定です。市販製剤には安定剤が添加されているが、冷暗所に保存することが指示されている。
極短時間作用型であり、特にマウスでは肝代謝だけによって消失し、しかもその速度が速い。
それ故、各種の薬物の肝代謝への影響をこの薬物の睡眠時間に対する影響で調べる。中時間・長時間作用型は麻酔薬としては用いない。

