吸入麻酔薬は気体や蒸気として空気または酸素と混合され、吸気として気道を通って肺胞に入って吸収されて血液中に入り、全身に分布します。
さらに、麻酔薬の吸入を止めた時点からはこれらの過程を逆方向に進行して麻酔薬を気体として呼気中に排出し、麻酔から回復する。
以上の過程における速度を支配する最も大きな要因は血液/ガス、および組織/血液における分配係数です。
・沸点℃
-89.5
・蒸気圧 mmHg,20℃
~~~
・飽和ガス濃度 %(v/v),20℃
100
・血液・ガス
0.47
・脳・血液
1.1
・肝・腎・血液
0.9
・筋・血液
0.9
・脂肪・血液
2.3
・沸点℃
48.5
・蒸気圧 mmHg,20℃
239
・飽和ガス濃度 %(v/v),20℃
33
・血液・ガス
1.41
・脳・血液
2.6
・肝・腎・血液
2.5
・筋・血液
4.0
・脂肪・血液
45
・沸点℃
56.5
・蒸気圧 mmHg,20℃
172
・飽和ガス濃度 %(v/v),20℃
23
・血液・ガス
1.71
・脳・血液
1.5
・肝・腎・血液
2.1
・筋・血液
1.7
・脂肪・血液
36
・沸点℃
50.2
・蒸気圧 mmHg,20℃
244
・飽和ガス濃度 %(v/v),20℃
32
・血液・ガス
2.3
・脳・血液
2.9
・肝・腎・血液
2.0
・筋・血液
3.5
・脂肪・血液
65
・沸点℃
34.6
・蒸気圧 mmHg,20℃
444
・飽和ガス濃度 %(v/v),20℃
58
・血液・ガス
12.1
・脳・血液
1.1
・肝・腎・血液
0.8
・筋・血液
0.9
・脂肪・血液
4.2
導入時の動態
麻酔薬を空気または酸素に混合して吸入させて麻酔を導入する時、導入に必要な吸気中の麻酔薬濃度(または分圧)は麻酔薬によって、また動物種によって異なる。
導入可能な濃度であれば、さらに濃度を上げればそれに逆比例して導入時間が短くなる。
肺胞内濃度が吸入濃度と平衡に達するまでの時間は、血液/ガスの分配係数が低いほど速い。
亜酸化窒素は分配係数が低いので15分で吸入濃度とほぼ平衡に達するが、エーテルのように分配係数が高い麻酔薬では平衡に達するのに20時間も必要です。
即ち、血液とか水に溶け難い薬物ほど導入が速く、溶け易い薬物ほど導入が遅くなる。
吸入された麻酔薬が肺胞内に到達する速度は呼吸量によって異なる。
血液中の濃度が麻酔に必要な高さになるまでの時間は呼吸量が多いほど短いが、血液/ガスの分配係数が低い亜酸化窒素などでは呼吸量の差がその時間に実質的な影響を与えない。
しかしエーテルの様に分配係数の高い麻酔薬では呼吸量の差によって導入に要する時間に大きな差を生ずる。
肺胞から血液への移行は速やかであり、動脈血中の濃度は肺胞内濃度に比例する。
血液から組織への分布にも分配係数が影響する。
脂肪を除けば各組織と血液との分配係数には大きな差はない。
寧ろ組織分布の速さを決定する要因は組織の血流量であり、血流量の多い組織ほど分布が速い。
吸入麻酔薬はバリア通過性が極めて良いので、血流量の多い脳、肝、腎では急速に血液と同じ濃度となるが、血流量の少ない筋や、さらに少ない脂肪では濃度上昇以上を要約すると、吸入麻酔の導入速度は血液/ガスの分配係数で決まり、係数が低いほど速い。
即ち亜酸化窒素(前投与薬が必要)では導入速度が速く、ハロタンでは遅く、エーテルでは極めて遅い。
麻酔中の動態
麻酔が導入されたあと、維持濃度の麻酔薬を常に追加しなければならない。
たとえ完全閉鎖式麻酔器を用いたとしても酸素の補給と共に麻酔薬の補給が必要です。
何故なら、最初に高濃度になった組織から血流量の少ない筋や脂肪への再分布が起こるからです。
特に脂肪への分配係数はどの麻酔薬でも高いし、また脂肪の麻酔薬分布容量も大きいので、再分布は長く続く。
一般には通常の麻酔時間の麻酔によって脂肪が飽和する事はない。
体内で代謝される分の追加も必要ですが、一般に吸入麻酔薬の代謝率は低い。
ハロタンでは麻酔器のゴム(ジャバラとバッグ)に吸収される部分もかなりあり(ゴム/ガス分配係数が112)、補給の必要な一つの要因になる。
麻酔薬吸入停止後の動態
吸入された麻酔薬の90%以上が導入時の経路を逆方向に通って排泄される。従って組織からの排泄速度はその組織の血流量が多いほど速い。
また肺からの排出速度は血液/空気の分配係数によっても大きな影響を受ける。
即ち、亜酸化窒素>ハロタン≫エーテルの順に遅くなる。
呼吸量も麻酔からの回復速度に影響するが、導入時ほど大きな臨床的意義はない。
